調査開始

 ドタバタした一日だったからギム達は取りあえず一晩しっかり眠って翌日になってから話し合おうということになった。

 確かにこれからのことを決めるのだから疲れた頭でぐだぐだな話をしてしまうよりぐっすり眠ってすっきりした頭で話をした方がいいと思う。

 プロイは鯨をそれは美味しそうに食べていた。まるで初めて食事したみたいな勢い。内臓は真っ先に食べ尽くしていたのが賢い。腐りやすいからね。

 鯨の下敷きになって潰れた熊を引っ張り出して見せても、ぷいってしてまた鯨の中に嘴を突っ込んでいった。

 熊より断然鯨が好きなのね。本能ってすごい。

 勿体ないから熊の肉はわたしが平らげた。

 ギム達にも料理に使うか訊いたんだけど、三人揃って嫌そうな顔して首を振られた。砂利とか土とかに塗れてたから嫌だったのかな。

 そんなこんなで満腹で幸せな夢波ゆめなみに揺られながらいつも通りにプロイを包んで眠った後の朝。

 んー、朝日が眩しい。

 背中を伸ばして反らせると頭に血が巡ってきて思考がクリアになる。

 ギム達は巣から少し離れたところでテントを張って眠っていた。今も入り口がぴっちり閉じてるからまだ誰も起きてなさそう。

 まだ空気がひんやりしてるくらいに朝早いからね。

 さて、毎朝の楽しみ、プロイの羽繕いと健康チェックをしていこうかな。

 わたしの体の下でぐったりと脱力してる無防備な姿が毎朝可愛い。雛の時くらいしかこんな安心しきって警戒心ゼロな完全熟睡なんて見れない生涯の中ではめっちゃレアなひと時なのよね。

 プロイの顔に舌を這わせたらするっと羽根が抜ける。この時期に羽根が抜けるのはちゃんと換羽が進んでいるという証。

 うちの子はきちんと健やかに育ってる。

 プロイに必要な栄養を持ってる鯨も用意出来たし、すっかり安心だ。

 プロイの羽根の舌触りが最高。いくらでも舐めていられる。

「……あんたは猫か?」

「あ、リニク、おはよ」

 いつの間にかテントから出てきたリニクに朝の挨拶をしたのにお返事がない。

 リニク、挨拶は友好関係の基本よ?

「くぁあ……んだよ、リニク、邪魔だよ、さっさとどけよ」

 後から起き出したシドが入り口で棒立ちになってるリニクに迷惑そうな声を上げた。

「ぐぁあっ!?」

「もうちょい寝てろ。てか永眠しろ」

 そうかと思ったらリニクの裏拳がテントの幕越しにシドを気絶させた。

 あれ、当たり所悪かったら鼻血出すと思うんだけどシドは平気なの?

「ギムはまだ寝てるよね?」

 続けてリニクはドスの利いた声でテントの中に呼び掛ける。呼び掛けるっていうか、もはや脅迫だよね、それ。

「寝てるよ。気にしないで」

 そしてテントの中からギムが穏やかに返事してきてるけど、返事してる時点で起きてるよね? え、それ、寝言ですって体裁なの? どういうこと?

 リニクもそれでいいと言うように満足そうに頷いている。

「で、あんたのそれいつ終わるの?」

 え、まさか矛先がこっちにも来るの?

 なんで? どして? わたしはプロイの身嗜み整えてるだけだよ?

「三十分くらいはいただけないでしょうか」

 リニクの目付きが怖いから下手したてに出てみる。だってなんかこう満足の行く答えじゃなかったら首を掻っ切るみたいな殺気をぶつけてくるんだもん。怖いんだよ。

「手短に済ませろ」

「え、でも、大切な親子のコミュニケーション……」

「無駄を挟まず、適切に、効率よく終わらせろ」

「……はい」

 怖いよー。何あの卵に手を出されそうになってる親みたいな顔ー。逆らったら殺さるよー。

 ん? リニクにとってギムは子供なの? 庇護対象? シドもまぁ、おまけ?

 リニクに睨まれながらプロイの羽繕いするのは全然気持ちが落ち着かなかった。

 途中で起きたプロイがいつもと違うわたしの様子に目を丸くしてたし。

 身嗜みが整ったプロイはすぐにわたしの翼から逃れて朝一の鯨を貪り始める。

 食べ盛りだもんね……。ママより食欲が優先だってわたしは悲しくなんかないんだから。くすん。

 そんなこんなしてる横でギムと復活したシドもやっとテントから出る許可を貰えてた。

 目覚めから一心地ついた感じになってる空気の中でギムがみんなに向かって口を開いた。

「しばらくはここを拠点にして調べたいことがあるんだ」

 調べたいこと? 今更この辺りでギムが調べたいものがあるの?

 みんなから不思議そうな眼差しを受けてギムは神妙な顔で頷く。

「プロイくんの親……大人のサンダーバードは何かに殺されたんだと思うんだ」

 プロイの卵を巣に残して消えた親鳥達。

 え、無責任ネグレクトじゃなくて、何かに襲われたってこと? そうなの?

「二人にはもう話したけど、サンダーバードの雷がぷっつり見えなくなった直前に激しい雷光がずっと夜空に迸ってたんだ。それと真っ直ぐに空を貫く光線も」

 真っ直ぐな光線?

 プロイの発電を見たけど、その雷光は雲の中から走るのと同じでギザギザに走ってた。プロイの雷は発生も操作も魔力は補助で物理的なものが根本にあってそれを増幅しているものだ。

 大人のサンダーバードも同じなら光が真っ直ぐに走るというのは別の何かの攻撃に思える。

「大人のサンダーバードを殺害した存在がいたかもしれない。それが今もこの近くにいるとしたら、プロイくんが、危ない」

 プロイが危ない? サンダーバードの天敵ってこと? なにそれ。絶対に許せない。

「そんなのがいたらわたしが返り討ちにしてやるわ!」

 翼を力強くバサバサ羽搏かせてまだ見ぬ敵を威嚇する。

「バカ! サンダーバードを殺すような相手なのよ? 逃げろ」

 リニクが鬼みたいな形相で怒鳴ってくる。

 えー。逃げたって追い駆けてくるんじゃないのー。プロイを狙って来られたら守るのと逃げるので二方向に頭使うからミスりやすくなる。

 それだったらこっちから反撃して殺した方が後顧の憂いがなくなるよ?

「でもそもそもそんなのがいるかどうかも分かんないんだろ?」

 シドが面倒臭そうに言うからガンを付けてビビらせておく。

 プロイの命が関わっているのに、そんな手抜きしたいみたいな態度をするんじゃない。

「だから調べるんだよ」

 そこにギムが決意を固めて少し強張った声を差し込んでくる。

 プロイの命を脅かす存在は実在するのかしないのか。

 するとしたら、どんな相手でどう対処すればいいのか。

 ギムはそれを調べてくれるのだという。

 それは願ったり叶ったりだ。本当ならわたしが調べて見つけ次第消さなきゃいけないんだけど、下調べだけでもやってもらえるなら助かる。

 海まで翼を伸ばして鯨も捕ってこなきゃいけないのも分かったし、プロイのお世話にも時間はいくらでも注ぎ込みたい。

 そんな期待を込めてギムに眼差しを送ると、力強い頷きを返してくれた。

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