産地直送

 水と大気の渦に巻かれて空を突き進む鯨の後を追い翔ける。ちょっと風向きが追い風になってくれてないから魔法で無理くり体を前に進める。

 これもプロイの元へ帰るため!

 我が子への愛は誰にも邪魔させないんだから!

 わたしが風になるっ!

 プロイー! あなたのママが今帰るからねー!

 鯨を先行させていた渦の魔法を巣の直上、そのほんの少し手前で切る。鯨は慣性と重力に引っ張られてずどーんと山肌に落ちる。

 よし、狙い通り。なんかプチって潰したけどシドやリニクが剣を向けてたから敵でしょ。うん、問題なし。良く見なかったけど、デカい熊だったかな。みんなプロイを護ってくれたのね、ありがとう!

 鯨の辿った軌跡をなぞるようにわたしも翼を体に引っ付けて急降下する。

「プロイー! ただいまー! ママだよー!」

 わたしが有らん限りの声で叫んでもそれはわたしが切る風に乗って後ろへと持っていかれちゃう。

 それでもプロイは何かに気付いたように首を真上に巡らせてくれた。

「キィュッ!」

 わたしと目が合ったプロイが可愛らしく鳴いてくれる。

 やだもう、何、テレパシー? 以心伝心? 気持ちと気持ちが通じ合っちゃった?

 わたしもあなたが大好きだよ、プロイー!

 地面の上のプロイに激突する前に翼を大きく広げて強く一羽搏きすると共に両足の羽の目一杯広げて急ブレーキを掛ける。

 刹那の浮遊感。秒に満たない無重力を使ってわたしは落下の勢いを殺す。

 そして目の前のプロイにばさりと抱き着いた。

 プロイ! ママは一人で寂しかったけどちゃんと鯨を連れて帰って来たよ!

 四時間もプロイが視界に入らない所にいて不安だった気持ちをプロイの匂いと体温で回復する。

 ぐりぐりぐりぐり。ああ、頬に擦れるプロイの羽根のしっかりとコシのあるつるつるした感触が心地いい。

「くぉらー! そこの馬鹿女! 殺す気かー!」

「え、なにが? みんな生きてるじゃん?」

 ちゃんとギムもシドもリニクも鯨に押し潰されてないのは落っこちて来てる時に目視確認してるよ?

 なんでリニクはそんなにおかんむりなの?

 あ、リニクに気を取られて力を緩めたらプロイが鯨に向かってちょこちょこ不格好に歩いていった。

 ああ、ママよりご飯ですか、そうですか……。い、いいんだもん。子供はお腹ぺこぺこでご飯まっしぐらの方が素直で可愛いもん。

「死ぬかと思った……鎧熊よろいぐまでもう駄目だと思ったけど、もっと怖かった……」

「マジでそれ」

 ぼんやりと言葉を漏らしているギムも汗をだらだらと流しているシドも放心状態と言った感じで目の焦点が合ってない。

 二人共、プロイのために怖い相手とも戦ってくれたのね。感無量。

「みんな、プロイを命懸けで守ってくれてありがとね」

 お陰でうちの子はあんなにはしゃいで鯨を啄んでるよ。

 鯨のぶ厚い皮を引き千切ってるプロイの嘴すごいな。わたしが知らない間にあんな強い嘴に成長してたのね。

「そうだけどそうじゃないっての。アンタが落としたあの巨体に潰されるかと思ったっての。わかれ? あの山みたいなのが目の前に落ちて来た時のうちらの絶望をわかれ?」

「え、ちゃんとみんなのこと見えてたよ」

「見えてんのに落としてくるな! せめて先に警告しろ!」

 えー。リニクってばビビりね。

 魔法使ってるんだから狙ったとこに落とせるに決まってるでしょ。

 確かに巣材だった骨は幾らか引っ掛かったり下敷きになったりしてバキバキに折れてるけどさ、プロイも一人歩き出来るくらいには成長してるからもう巣の形が失われても問題ないでしょ。

 あ、プロイが皮下脂肪をこそぎながら美味しそうに食べてる。

 ふふ、喜んでくれて良かった。義母名利に尽きるね!

「おい、こっちは怒ってんだぞ。よそ見すんな」

「あ、ごめんなさい」

 リニクが怖いよー。いいじゃない、子供のことは常に視界に入れておいて愛でたいのよ。

 分からない? まだ出産経験ないから分からないのかー、そうかー。人生損してるね。

「ほんとに鯨捕ってきちゃってる……どうやって仕留めたの?」

 ギムは恐々と鯨を遠目で眺めながら不思議そうに訊いてくる。

「え、仕留めてないよ。海から空に持ち上げてそのまま運んできただけ。地面に激突した時に自重で死んだんじゃない?」

 正直に言ったらギムに目を見開かれた。なにその信じられないものを見るような目は。

「なんなのこの非常識女……頭痛い……」

 リニクも横で頭を抱えてる。

 撫でて慰めてあげようとしたら翼を手でぱしりと弾かれた。なんでよー。

「てか、凍ってね?」

 シドが剣で鯨の肌をガンガン叩いてる。

 ちょっと、プロイのご飯に何してんのよ。頭突きするよ。

「けっこう上空まで巻き上げたからね」

 ほら、答えてあげたんだから叩くの止めなさい。

 プロイ、その不届き者を突いて撃退していいからね?

「空に上げるとなんで凍るの?」

 あら、ギムが心底不思議そうに質問してきた。もしかして知らないの?

「空って高くに上がれば上がる程寒くなるんだよ。それこそ体が凍るくらいに」

 アンティメテルわたしたちだって高空で凍らないように体温ぽかぽかなんだから。それでエネルギーたっぷりな蜂蜜が好きなんだから。

 ばさばさ。あ、体を温めることを考えてたら羽搏いちゃった。お腹の大翼筋が熱くなって体の内側から火食ほばむ。あついー。

「あん? 太陽に近づくのに寒いのか?」

 シドが変な声出してきた。

 いや、どんなに太陽に近づいたってぶつかんないから。そりゃ陽光が直接当たってると熱いけど大気はめっちゃ冷たいから。その中で風を切ると寒いから。

「そっか。山も高いとこの方が寒いのと同じか」

 お、流石ギム。そうよ、その通り。

 新しい知識を得られたことでギムは嬉しそうにはにかむ。ちょっと、可愛いんだけど。不意打ちは困るよ。

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