子供達に手出しはさせないんだから!

 鯨だ! うちの子に鯨を食べさせなきゃ! 鯨はどこだー! 鯨の前に海はどこー!

 でもその前にプロイを見ててくれるベビーシッターを頼まなきゃ!

 ……ギム! リニク! シド! わたしには頼れる相手がいる! やったー!

 そうと決まればプロイを乗せてギム達の所まで飛んで行こう!

 ホップ、ステップ、ジャンプで空を飛ぶ。

 一度、二度と力を込めて羽搏いて飛行を安定させる。そこで一旦、空気を掴んで巣に突き刺さっている鯨の肋骨を飛び越える。

 すいっと旋回して。不思議そうな顔しながらわたしの姿を追って首を巡らせているプロイの元へ向かう。

「プロイ、じっとしてるのよ」

「キィッ」

 いいお返事。えらい。

 プロイの真上を通り過ぎるその瞬間に足を伸ばして我が子のおっきな体を確保する。

 うっ。娘達より遥かに重い、けど、落とさないっ。

 両方のふくらはぎをプロイの腋の下に差し込んで挟んで持ち上げる。

 失速した分を羽搏きで持ち直して無理矢理にでも上昇する。

 足を上下させてずりずりとプロイの体を前に押し出して。

 お尻の上にプロイのお腹を乗せて、太腿にプロイのお尻を乗せて安定させる。

 よし……よし。飛べる。ふらつかない。アンティメテルの根性を舐めるなよ、重力め!

 我が子を落とすような母親がいるものかー!

 太陽を目指してとにかく上昇する。

 高ささえあれば失速しても落下中に立て直す時間がたっぷり取れる。

 高さは正義。高ければ高いほど落下突撃した時の威力上がるし。

「いい、プロイ! 高さは常にわたし達空飛ぶ者の味方なんだからね!」

「キィュ?」

 もう、プロイったらそんな理解出来てない声なんか出して。

 初めて空に上がったからってあなたも空を飛ぶ者なんだから。本能で分からなきゃ駄目よ。考えてたら行動が遅れて落ちちゃうんだから。

「プロイ! 高さは正義! 高さは味方! 高さは優位! はい、繰り返して!」

「キィュ?」

 むぅ、プロイが素直に繰り返してくれない。

 自分の声で言うのが覚えるのには大事なのに。復唱する程に知識は身に付くのに。

 飛ぶための極意を覚えてくれるまでわたしは諦めないからね。

 でも今はプロイの健やかな成長のために鯨を狩ってこないといけない。

 そうだ、お留守番の間にギムからも言ってもらおう。

 繰り返し繰り返し教えるのは大事。一回で覚えられる子なんていない。

 ギムならベビーシッターと家庭教師を一緒にやってくれる。

 ギムー! うちの子を任せられるのはキミしかいないー!

 そこだー!

 小さく山の中に見えたギムを目指し、翼を畳んで降下する。

 山の裾野には森が広がっているけれど、切り拓かれた村はそこで行き交う人々が良く見えて助かる。

「どう、プロイ! 風を切る感触と音と涼しさ! 最高でしょ!?」

「キィャ」

 む、別にママはスピード狂じゃないよ。速さを楽しんでるだけ。

 ちんたら飛んでたら命が危ないんだから。飛ぶ者にとって速さとは前提なのよ。

 あ、ギムがこっちに気付いた。

 なんか顔を真っ青にして叫んでる。まさか後ろに何かいる?

 いないじゃん。捕食者が狙ってるかと無駄に警戒しちゃった。びっくりさせないでよ、もう。

 ギムの目前に到着した瞬間に、翼で空気をぶん殴り両足をピンと広げて停止する。

 一瞬の滞空時間を使ってプロイを地面にそっと降ろす。

 一回羽搏いて体勢を持ち直してからわたしも足で地面に降り立った。

「久しぶり、ギム! うちの子を預かって! あと空を飛ぶには高さと速さが正義だってちゃんと教えてあげて!」

 あれ、ギム? お返事は? ご挨拶は?

 コミュニケーション大事だよ? ご両親に教わらなかった?

 どうして目と口をあんぐりと開けたままで全然反応してくれないの?

「ギム? ギームー? わたしとプロイが来たよー?」

 見えてるー?

 ギムの目の前で翼を振ってみる。

「はっ……ボク、生きてる……?」

「そんな急に理由なく死んだらびっくりだよ」

 なに、ギムったら目を開けながら眠ってたの? こんな日向で? 危ないよ。

「ギム! 生きてるか!」

 おや。なんか誰か来た。知らない人。

「あ、父さん」

 ギムのお父さん。つまりネグレクトしてギムの魔力の成長を阻害した毒親!

 よし、顔を見てやろう!

 んー、なんか怖い顔してるけどギムに似てなくもない。あと何か武器を持ってる。刃物だけど持ち手が長くて刃が平べったい。

「なんだ、そのバケモノは!? ギム離れろ!」

「なんですって、バケモノ!? ギム、プロイをお願い!」

 バケモノはどこ!? うちの子にもギムにも手出しはさせないんだから!

 ……え、本当にどこ。こんなにぐるぐる回ってるのに全然見つからないんだけど。

 ギム? そんな額を押させてどうしたの? 眩暈? だいじょうぶ?

「あーっ、とー。あの、自覚ないって困る……」

「ギム? 何か困ってるの? 言ってご覧?」

 助けてあげるよ。大人を頼りなさい?

「おい、バケモノ! うちの息子から離れろ!」

 む、やっぱりバケモノいるの? しかも近くに?

 でもどこ? 見えないんだけど?

「もしかして人ってゴーストが見えたりするの?」

 わたしに見えない何かだとしたら対処が難しい。

 ギムにも見えるの。それならギムから相手の場所を聞いて広範囲に魔法をぶっ放せばワンチャンいける?

 でもゴーストってこんなに魔力も何も感じないものなの? やば、強敵じゃん。

「ええと……ありとあらゆることが違うから……父さん、あの、彼女は危ない相手じゃないんだ」

 ……あれ、もしかしてバケモノ呼ばわりされてるの、わたし?

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