羽籠りのアンティメテル

発育不良

　プロイが孵ってから一週間が過ぎて、産毛が随分と抜けて大人の羽根へと生え変わっている。

　生まれたばっかりって見るからに分かるほわほわで柔らかく膨らんだ姿もこの上なくラブリーで可愛かったけど、大人の羽根になってしゅっとパリッとしててスタイリッシュで格好いい姿もかーわーいーいっ！

　やだ、もう、うちの子、天使！　プリティエンジェルがレディの視線を奪っちゃうイケメン天使様にスタイルチェンジしちゃったんだけど生きている間に何回ママの心を奪うつもりなの！　もう！　プロイったら罪作りな子なんだから！

　そんな我が子は今では毎日熊一頭分のお肉はぺろりと食べるくらいになって体はわたしを軽く見下ろすくらいに大きくなってる。

　うーん、獲物の気分。

「でもプロイの血肉になれるのなら吝かではない」

「キィエッ？」

　声変わりもして鋭くて重さのある声になって……ママ、感無量。

　でも眼差しがちょっと冷たい。何言ってるの、ママ、だなんて息子に頭の心配されるのは解せない。まだまだ痴呆になる歳じゃないんだから。

「プロイのママは若ママなんだからね！」

「キィャ」

　知られてた。ママとプロイはちゃんと心の絆が繋がっている。

　あ、こら、ママと話しても仕方ないって顔して鯨の骨齧るの再開するんじゃないの。

　ママの相手してくれないと拗ねちゃうぞ。

　いいもんいいもん、ママは巣のお掃除するもん。

　プロイの抜けた産毛が溜まっちゃってるんだよね。さすが成長期、抜け毛が酷い。

　翼で扇いでほわほわの毛を巣の外へ向けて吹き飛ばしていく。棉ころみたいな産毛は軽いし空気を孕んで不規則な動きをするし、ちっとも狙った方に進んでくれない。むぅ。

　それにふわふわ浮かぶ羽根同士がくっ付いてしまってゆっくりと地面に落ちたりする。

　なんでよー。量が多いからって翼で吹き飛ばしてるのが気に入らないって言うのー？

「プロイは素直なのに羽根はなんでこんなに天邪鬼なのよー」

「キィエ？」

「遊んでるんじゃないのー。お掃除してるのよ。巣を清潔にしているのよ」

　あ、プロイの浮かんだ毛が翼にくっ付いてきた。

　もう羽根までママが大好きなのー？　愛いやつめぇ。

「キィッ」

　あ、プロイが啄んで食べちゃった。

「羽根なんて食べて平気？　消化出来る？」

　一枚くらいならそんな胃腸を塞いだりしないと思うけど。あ、てか、プロイはいつも獲物を毛皮や羽根ごと食べてるね？　なら平気か。

「ついでに羽繕いしてあげる」

「キィイッ」

　プロイのおっきな体を翼で包んで引き寄せてあげると嬉しそうな声を上げた。

　ママっ子なんだから。一生そのままでいるのよ。

　雛の時とはすっかり舐め心地が変わってる。しっかりコシがあってスベスベしてる。

　あと味もあの子供特有の甘くて、けれど木の樹液みたいな香ばしさがなくなってる。

「プロイもすっかり大人になっちゃったね」

　まだまだ空を飛ぶには筋肉が足りないけどそのうち付いてくるでしょう。

　昔みたいに感電させてきたりしないしだいぶ性格も落ち着いてきてる。

　わぷ。

　嬉しくて興奮したプロイがばたつかせた翼が顔に当たった。落ち着いたと思った矢先に。

　まだまだ子供ね。ママから離れるのはまだまだ先っていう証。嬉しい。

　ばさばさ。

　あ、わたしも翼をバサバサしちゃった。これは大人とか子供とか関係なく翼を持つ者の癖。理解した。

「プロイはやっぱりしっかり成長してるね！　えらいわよ！」

「キィャ！」

　親子で一緒にバサバサする。

　完全なる一体感。

　わたし達は家族！

　一頻りバサバサして、プロイが先にくったりと翼を畳む。疲れちゃったのね。

　でもバサバサいっぱいするのが早く飛べるようになる訓練なのよ。子供はある時期から無限バサバサし出すものだもの。

　でも今のバサバサでまたプロイの羽根がたくさん抜けて宙に舞っては地面に降り積もっていく。

　お掃除がー。振り出しからさらにマイナスになっちゃってるー。

　ペタンと寝た羽根が体のラインをくっきりと見せている。筋肉がまだ発達してないから盛り上がりが足りないスタイル。

　いつもバサバサして雷を放電してるのに筋肉がなかなか鍛えられないね。

　うーん、栄養が足りないのかな。でも筋肉付けるならお肉だよね。お肉ばっかり与えてるよ？

　ん？　んん？　あれ？

　バサバサ？　今、プロイ、バサバサしたよ？

　羽根が頭から尻尾までべったり寝てるよ？

　あれれ？　プロイがバサバサしてたら静電気で発声して羽根が立つはずだよね？

　こないだまで立ってたよね？　羽根が立ったイケメンプロイになるはずだよね？

　むしろあれだけバサバサしてたら雷どっかーんしておかしくないはずだよ？　どっかーんしないとプロイを狙ってきた捕食者を殺せないよ？

　んん？　プロイ、雷、どうしちゃったの？

　サンダーバードって雛の時から雷出さない？　いえ、違うよね。ギムが年中サンダーバードの雷が空を走ってたって言ってたもん。

　え、まさか、うちの子、発育不良？　なんで？　どして？　ご飯いっぱい食べてるよ？

　ま、ママチェーック！　緊急で！　くまなく！　プロイの全身を目と舌と鼻で確認！

　どこ！　うちの子はどこが足りてないの!?　わたしはこの子に何をあげれば健やかな生を与えられるの！

　羽根はスベスベで肌理（きめ）細かくて絶対に健康だと思うけど。

　あ、でも、なんか記憶に引っ掛かる。プロイの羽根……。

　ん、目の前に産毛が浮いて来た。

　ぱく。

　もぐもぐ。

　あ、ざらざら。香ばしい味。そうそう、この独特な舌触りと味がプロイの産毛。

　え、あれ、これ……もしかして産毛だからじゃなくてサンダーバードの特徴!?

　このザラザラ、なに!?　香ばしい味は!?　でもなんか食べた覚えがあるの!?

　まだ営巣地（コロニー）にいた頃に食べた……いや、舐めた……アレだ！　風邪の時にブランテ様が飲ませてくれた薬！　樹脂から精製したっていうすごい味したやつ！　アレに似てる味だ！

　何故プロイの羽根から樹脂の味……お肉しか食べさせてないのに……サンダーバードってもしかして木も食べる？

　いや、プロイは鯨の骨は齧るけど同じ巣材の枝や幹は齧らないぞ。

　それに電気は？　このザラザラがないから静電気出ないの？　擦れると静電気が発生する未知の物質？

　いや、なんかブランテ様が擦ると静電気が出るものってなんか教わったな。確かあれは宝石の……琥珀……樹脂の化石……む？

　樹脂の味がして羽搏くと静電気が発生する翼の粒々。

「サンダーバードの羽根、琥珀が析出してるんじゃない!?」

　羽搏きで羽根同士が擦れて表面の琥珀に静電気が発生してそれを蓄積増幅して雷として放つ。これなら魔力を節約して強大な雷を生み出せる。

　でもその琥珀はどこから？　樹脂から琥珀を生み出すのは魔力でどうにか出来るけど材料は？　材料なしで作れるならプロイはお肉の栄養で羽根にこの琥珀を析出出来て今も雷バチバチ出来るはず。

　そもそもこれは琥珀？　サンダーバードの食べ物は？　鯨？　鯨が原料？　なんで？

　琥珀……樹脂……有機物……脂……あぶら？　鯨油？　鯨からは独特でたくさんの油が捕れるんだよね。

　鯨の脂から琥珀に似た物質を生成して羽根に散りばめているの!?

　なにそれ、サンダーバード、不思議な生態してる!?　先に教えてよ!?

　餌は鯨じゃなきゃダメじゃん！　だから鯨食べんのか!?

　え。プロイ、鯨の骨を齧ってたのはカルシウムじゃなくて鯨油を本能が求めていたの!?

「プロイ！　鯨食べたいの!?」

「キュイィッ！」

　はい、プロイのテンションが爆上がりした！　本能、さすが！

　鯨、海……え、捕って来るのに時間掛かるしかなり距離あるはずだから、山と違ってプロイを視界に収めながら狩りが出来ない……しかもプロイは今、雷が使えない……。

　ベビーシッター!?　ベビーシッターが必要だよ！　わたしが出稼ぎに行ってる間、うちの子を狙う不届き者を撃退する強者にプロイを見ててもらわなくちゃー！