孵化
おや。お腹に振動が来た。
卵からとんとんしてる感じがする。
なるほど。
向きを合わせないといけないからぐるりと体の上下を反転させて。
卵の殻に翼角を付いて上半身を持ち上げて狙いを定める。
そこだ!
「いきなり頭突きしてどうした!? ストレス!?」
いたい。サンダーバードの卵の殻、硬かった。額がひりひりする。
ついでに静かに見守ってくれてたはずのリニクが叫んだ。びっくりするじゃないの。
「どうしたの、リニク。また情緒不安定?」
「いや、急に動き出して卵に頭突きした方がよっぽど奇行だと思う」
むぅ、ギムまでまるで分かってない。
あとシドが目を真ん丸にしてあんぐりと口を開けてるのが地味に一番傷付く。なによ、その異常者を見ちゃったみたいな反応は。
おっと、違う違う。今はあっちの三人の相手してる暇はないの。
アンティメテル伝統の頭突きが利かないとかサンダーバードの子供を守ろうって意欲の強さを感じる。いいね、やるじゃない。
でも、子供は守るだけじゃ駄目なのよ。自分から新しい世界へ進もうとしているなら押し出してあげないと。
ツギノ様、貴女の技をお借りします。
背中を思い切り反らして。
お腹の大翼筋を使って一気に額を打ち出す!
いった! でも行けた! 殻に罅入った!
「え、ちょ、割れてる! 卵割れてんだけど!? アンタ、その卵を孵化させる気じゃなかったの!?」
またリニクが騒いでる。
卵を孵すために手伝ってるんじゃないの。
お。わたしが入れた罅に光が走った。
すごーい、雷をちゃんと使えてるー! うちの子、えらーい!
「あと、自分で出来る? もっと割ってあげようか?」
殻って子供だけで割るの大変だもんね。いいんだよ、大人を頼って。
あ、でも自分で突いて穴広げてるね? なるほど、嘴に雷を纏わせて攻撃力を上昇させてるのね。賢い!
雷のエネルギーが殻を弾いてる。すごい、どんどん欠片が吹っ飛んでいく。
「もしかして今孵ろうとしてるの? 誕生の瞬間?」
やっとギムが気付いていそいそとこっちに駆け寄ってきた。
生命誕生の瞬間よ。何回見たって感動が薄れたりはしないんだから。よく見ておきなさい。
あ、見て! 顔が! うちの子が顔出したよ!
まだおめめ開いてない! 産毛が! 産毛がほわほわ! 柔らかそう! 顔を埋めたい! 嘴が、くにっ、ってなってる! まだ柔らかいのに頑張って堅い殻を割ったもんね!
かわいー! え、天使! うちの子、天使! まじかわ!
こんなんテンション上がって翼をばさばさしちゃうって!
「ちょ、埃! 埃立ってるから翼ばさばさすんな! 子供にもかかるでしょ!」
おっと。確かにリニクの言う通り、生まれたての子に土埃は良くない。
「きゅいっ」
「鳴いた! うちの子が鳴いたよ! 聞いた? 聞いた? 第一声だよ! きゅいだって、かわいー!」
なにもう、なにその頼りない声! かわいー! 可愛さ極めてる!
ああ、でも首しか出せてないの、え、かわ、卵から首だけひょこって飛び出してるの、最高に可愛いんだけど、なにこれ、え、困ってる顔してる、体出せないの困っちゃうよねー!
かーわーいーいー!!
はぁ……あと十分くらいこのまま見守っててもいいかな? だめ?
あ、駄目だわ。早く出してあげないと弱っちゃうわ。
サンダーバードの雛ちゃんの首周りの殻からちょっとずつ齧って剥がしてあげる。
子供が浮かんでた卵白にまみれた殻ってなんでこんな美味しいんだろ。アンティメテルより硬い食感もまた乙なものね。
雛ちゃんも舐めて綺麗にしてあげなくちゃ。
「殻食ってる……猫みたいに雛舐めてるし……人間の顔でそんなことするの……」
「なんか……えっろ」
「死ね、このクズ」
なんか鈍い音したと思って顔を上げたらシドがたんこぶ作って気絶してた。
リニク、またシドを殴ったの?
「急にどうしたの? また喧嘩? 戦争? 人の業?」
「えーと、たぶん違うかな」
ギムが違うって言うから今回も原因は人の業じゃないっぽい。喧嘩の原因、イズ、どこ?
「生まれたばかりの子がびっくりするから大きな音出さないで」
「そうね、シドは後でよく言って聞かせておくから。気にしないで」
リニクに任せてだいじょうぶかな。また突発的な喧嘩が起こらない?
みんな仲良く、これ大事なことだよ。
まぁ、とりあえず今静かにしてくれるならいいか。雛ちゃんが今は一番大事だからね。
舐めた感じ、体に歪みもなさそうだしちゃんと出来上がってる。
「わたしの声聞こえる? ママだよ」
「きゅい」
うんうん、お返事出来てえらいね。聴覚ももう働いてるのね。
「お返事ありがとう。愛してるよ」
ちゅっ。
雛ちゃんの額にキスしてあげると雛ちゃんも嬉しそうに体を揺すってくれた。
愛が伝わってる! 親子の絆は偉大ね!
卵もおっきいけど雛ちゃんの体もその一回り小さいだけでみっちり詰まってる。わたしの胴とおんなじくらいの大きさかな。
もっと殻を齧ってあげないと出て来れないね。
首周りは余裕出てきてるし、ちょっと大胆に削っていってあげよう。
パキパキ齧り割って、ガリガリ咀嚼して、ごっくん飲み込んでと繰り返して。
途中でずるりと殻から降りる。
雛ちゃんが、きゅいきゅい鳴いてわたしを探して転がるのがまた可愛い!
あ、雛ちゃんの体に押されて殻が転がってちょうど穴から出ていける位置になった。
雛ちゃん! そんな! ちょこちょこ歩いてる! 転びそうなのに転ばない! 歩幅がものすごくちっちゃい! 足もちゃんとおっきくてたくましい猛禽の形してるのに! ちょこちょこ! ちょこちょこだよ!
「見た! ねぇ、ギム、見た! ちょこちょこ! かわいい! ちょこちょこ!」
「あ、うん、可愛いのはよく分かるんだけど語彙がいきなり死んでるよ?」
「かわいいの前に言葉は無力っていい例だね!」
言葉で表し切れないくらいにうちの子が可愛い!
サンダーバードって猛禽類なのね! もう大人の鷲と骨格は同じだよ! でも毛がほわほわしてる! かわいい! 今しか見れない可愛さ!
これはもう全身を舐め回してあげるしかない!
なんだろ、ちょっと毛並みに粒々した堅いのがある。ちょっと香ばしい味……なんだっけこれ、なんか似たようなの舐めたことある気がする。
「きゅいきゅい」
気持ちいい? 生まれたばかりって体がベタベタしてるもんね。綺麗にしてあげるよー。
「え、ちょ、アンタ、人前でそんな」
ん? なんかリニクがブツブツ言ってる。
顔が赤いけど、急に風邪でも引いた?
「リニク、だいじょうぶ? 熱出たの?」
「ちが、その、なんでもない!」
リニクにまた怒鳴られた。分からぬ……人の情緒が分からぬ。人の子育てって相当大変なんだろうな。
リニクは赤い顔のままギムをチラチラ見てるけど、ギムは元気そうだよ?
うん、雛ちゃんの健康チェックと清拭はばっちり。
後は殻を完全に食べてから、ご飯を獲って来なくちゃね!
あ、そうだ、わたしもう自分でご飯獲って来れるからシドに持って来てもらう必要ないね。
右と左の翼からバランスよく一枚ずつ、それと足羽を一枚毟り取る。翼は左右バランスが崩れると飛ぶのに支障出るからね。
三枚の羽根を咥えてギムに首を伸ばす。
「あっ」
ギムが声を漏らして掌に羽根を受け取った。
「お礼。ご飯、ありがとね。魔法はちゃんと毎日訓練するんだよ」
毎日の積み重ねがあるからわたし達だって空を飛べるんだからね。
ギムもちゃんと強くなれるよ。サボらないで真面目にやるんだよ。
「そっか。そうだね。……また会いに来ていいかな」
「もちろん。しっかり鍛えてあげるからいつでもおいで」
この子が独り立ちするまではここに住むからね。何年掛かるかは分からないけどしばらくはいるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます