契約成立

 なんだろう、三人とも戸惑ってる。

 お代足りない? 足りないの? んー、羽根三枚じゃダメか。でもこれ以上毟ると飛ぶのに支障出ちゃいそうだし。

 あ、そうか。この子が孵るまでってそれが何時までか分かんないから困ってるのかも。

 そうだよね、明日孵っても来年孵っても貰えるのが同じ三枚じゃ良くない。わたしは完全に理解した。

「そういうことね」

「なにが?」

「またとんでもないこと言うんじゃないだろうな……」

 武器持ちの二人がわたしの呟きに反応する。

 戦いには反射神経大事だもんね。出来る。あ、ごめん、カッコつけたかっただけ。

「あんまり長くかかると赤字ってやつだよね。知ってる。なら、自然に抜けた羽根も拾って持って帰っていいよ」

 これなら期間が長くなっても抜け羽根がどんどん出てくるから収入もばっちりでしょ。

 わたし、ちゃんと人間社会も勉強してきたんだから。

「ギム」

「あー、うん。ちょっと待って」

 シドが低い声で名前を呼ぶとギムがこっちに寄ってきた。

 じっと見てるわたしの視線を気にしてちらちら目配せしながら卵の側に落ちてるわたしの羽根を手に取った。

 ギムがそろそろと後ろ向きに退がっていってまた二人の側までの元の位置に戻る。

 そんな怖々動かなくてもうちの子に手を出さないなら攻撃しないってば。

 ギムは手にした羽根を引っくり返したり光に透かしたりして確かめている。

 あ、風切り羽だ。かっこいいでしょ。

「うん、魔力に遜色ないから価値に違いはないよ」

「まじかよ」

 三人して目を丸くしてるけどだいじょうぶ?

 弓の人とか言葉を失って唖然としてるし。そういえばこの人だけ名前分かんないな。

「足りない?」

 これでも足りないと困っちゃうな。この子が孵って独り立ちまで育てた後なら何か採ってこれるけどそれまで待ってくれるかな。

 フェニックス狩って来いとか言われると大変だけど、まぁ、がんばる。わたしが今死んだらこの子が孵せないから、やれと言われたらやってみせる。

「シド、リニク、ぼくは彼女を見過ごせないんだけど……だめかな?」

 ギムが振り返って伺うと二人揃って諦めたように溜め息を吐き出した。

 弓の人はリニクって名前なのね。ソニちゃん、覚えた。

「やだっつったらお前一人でやるだろうが」

「ギムが毎日山登ったり下ったりしたら死んじゃうでしょうが」

 ギム、信用がないというかなんというか。体力がないのか。

 確かに人は飛んでひょいと行き来出来ないから大変なのか。ごめん、気軽に頼んでた。

 それなのに羽根がお返しとか……え、でも金貨いっぱいだよね? いっぱいになるよね?

 なんて悩んでたらギムがこっちに掌を向けてきた。なに?

「あ……」

 じっと見詰めてたらギムが気まずそうな声を漏らした。

 説明求む。

「手ぇ出しても握手はできんわな」

 シドがギムの背中にツッコミ入れてる。

 あくしゅ? 握手! 人が信頼の証にやるやつ!

 わたしに手はない! 握手出来ないよ! 異文化交流失敗だと!?

「ご、ごめん、いや、その、契約成立だねって示したかっただけで」

「柄にもなく下手にカッコつけようとするから失敗するんだぞ」

 ギムが慌てて手を引っ込めてごしごしと服で拭ってる。

 シドはそんなにきつく言わなくていいと思う。

 わたしはしょんぼりしたけど、それは種族的に仕方ないことだし。ばさばさ。

「ほら、不機嫌そうにはばたいてるぞ」

「本当にごめん!」

 いえ、機嫌は悪くないですが。翼を動かしちゃうのは癖なので放っておいて。

「じゃあ、羽根でいいの? フェニックス狩らなくていい?」

「なんでいきなりフェニックス出てくるの」

 リニクに真顔で返された。

 そうだ、フェニックスはわたしの被害妄想だった。失敗失敗。てへ。

「うん、サンダーバードの卵が孵った後に羽根を三枚、それとそれまでに抜けた羽根も貰っていい、ってことで。契約成立」

 ギムの、契約成立、って声が柔らかく優しくて、なんか良かった。

 ん? リニク、なんでわたしを睨むの? 契約成立よ? 友好的コミュニケーション成功したところだよね? どして?

「それはいいけどよ、その卵、いつ孵るんだよ?」

「さぁ?」

 シド、それはわたしも知らないんだよ。

 ねぇ、お母さんに何時孵るのか教えて?

「いたいっ! だから電撃はお返事じゃないよ!?」

 声に反応してくれるのは嬉しいけど殻を突く感覚で電撃しないでほしいなぁ!

「お腹蹴られるよか痛そう……」

 リニクが身傷みたんだように下腹を両手で押さえてる。

 そっか、人ってお腹で赤ちゃん孵すんだっけ。胎生ってやつ。

 三人ともどう見ても大人だし出産経験あるよね。なのにリニクしか反応してくれないの、ギムとシドは共感性低いな。

 二人はちゃんと子育て出来たの? 子供は宝だよ?

「電撃を出すってことは、もう卵の中で体は出来上がってるはず……孵るのは近い、と思うけど……サンダーバードの巨体だと時間間隔がぼくらと違う可能性も……」

 ギムが口元に手を当ててぶつぶつと呟いて自分の考えを整理してる。

 サンダーバード、雷発生させる鳥ってしか知らないけど、卵が大きいのからも分かる通りに成熟個体もでかいっぽい。生き物の大きさって寿命とか成長とかの生きる時間が引き伸ばされるんだよね。

 うーん、よし。気長にやっていこう。そうしよう。

「あ、ギムがあっち行っちゃったわね。シド、あんた、村に帰って肉取って来なさいよ」

「オレだけ!?」

「ギムに毎日往復させらんないって言ってんでしょうが。それにギムを守るのに一人は残らないと。あたしとあんた、体力ありまってるのはどっち?」

「ぐぬぬ」

 あ、ギルが自分の世界に入っちゃってるのを見てリニクがシドに肉体労働を押し付けてる。

 適材適所は大事だけど、一方的なのは仲を悪くするよ。

 でもシドはリニクの意見に言い返せないようで唸って不服だけを表現している。

「くっそ! 行きゃいいんだろ、行けば! 日替わりだからな!」

「三日にいっぺん」

「ちくしょう! それで許してやらぁ!」

 うわ、シド、口喧嘩弱すぎない?

 リニクは淡々と返しているだけなのに捨て台詞を叫んで下山して行ったよ。

「出来たら蜂蜜もねー! 花の蜜とか果汁でもいいよー!」

「ぜいたく言うな、ボケ!」

 要望を伝えたら怒鳴り声を返された。かなしい。

 蜂蜜ないとエネルギー補給出来ないんだぞう。タンパク質よりエネルギーが今は大事なのに。

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