久しぶりのごはん!
「あ、おい、ギム!」
「ちょっと! あんたが一番弱いのに一人で近寄っちゃダメ!」
あ、後ろに下がってた一人が顔を引き締めてこっちに歩き出してくれた。そんな悲壮な顔しなくても襲わないよ?
人を襲うと後が怖いってちゃんと教育されてるから。わたしはいい子だよ。
でもわたしが危なくないって誰も思ってないみたいで武器を持った二人も慌ててギムって呼んでる賢い人を止めようと腕を伸ばして後を追っている。
「助けてあげようよ。アンティメテルは優しいお義母さんだってどんな伝承でも語られているでしょ」
「それは物語の話だろうがよ!」
「そうよ! 兎だって野生のは引っ掻いてくるでしょ!」
動物と同レベル扱いとか悲しい。
理知的で対話可能な友好種族だよ。本当だよ。
「これ、食べられる?」
ギルは二人の制止も宥めて傍まで寄ってきた。それで肩から下げた鞄をまさぐって何かを出してくれる。
わたしが抱卵してる子は大きくて、その上に乗っかるようにして温めているわたしの方へ腕を伸ばして見せてくれる。
なんだろ、これ。短い棒みたいな。
くんくん。なんか甘い匂いする。でも香ばしい木の実の匂いもする。
「これ、なに?」
「ナッツと小麦を蜜で固めた携帯食だよ。栄養たっぷりなんだ」
「うーん、たぶん食べれない」
がっつり植物繊維入ってるから大人のアンティメテルには消化出来ないやつ。
子供達のおやつには良さそう。これが人の料理ってやつか。ブランテ様の言う通り美味しくて食べやすかったり保存が利いたりするように食べ物を加工したやつ。
「アンティメテルはなにを食べるの?」
「蜂蜜、血、肉」
「なんだよ、その並び……」
「蜂蜜とか滅多に手に入らないし、その後の狂暴すぎるでしょ……」
問われたから端的に答えたのに、訊いてもいない武器持ちの二人にドン引きされる。
人もお肉食べるんじゃなかった? 家畜って食べるためにお肉を育てるんでしょ?
「じゃあ、これはどうかな。ちょっとしょっぱいかもしれないけど」
ギムが今度は茶色で平べったくて硬そうなのを出してきた。
んー、見た目は木の皮? もしくは剥離した岩? 消化に悪そうだけど。
くんくん。ん? んん? これはお肉の匂い!
「これ、お肉?」
「そうだよ。鹿の干し肉だ」
「鹿! はぐっ!」
鹿と聞いたらもう我慢出来ない!
首を伸ばしてギムが差し出した干し肉とやらを口で頂く。
もぐもぐ。堅い。堅いけど岩とも木の皮とも違う。
噛んでるとぐにゃぐにゃしてきて、濃い塩味と旨味が唾液に混じって染み出してくる。
なにこれ、お肉と食感も味も全然違う。
ちっとも飲み込めないけど噛み続けてるとずっと味がして病みつきになる。
これが人の料理! これが人の叡智! これが人の技術!
うーん、手がないアンティメテルには作れない味……翼がないのって不便に見えたけどこれは翼の代わりに手を持つのを選ぶのも分からなくはない。
「美味しい?」
ギムが味の感想を求めてきたから、にっこりと笑い返す。これにはわたしも大満足。
でも量が足りない。三日かけて空っぽになった胃袋はいくらちっちゃいとは言ってもまだまだ容量を満たすのには足りない。
「もっとある?」
「あるよ」
「おい、ギム! 干し肉だってタダじゃないんだぞ!」
ありゃ、追加をねだったら剣を持ってる方が吠えてきた。
なんか怒ってる?
タダじゃない? タダって、えーと、確かあれだ。そう、お金。お金がいらないってやつ。
人は物を貰う代わりにお金を差し出してやり取りしてる。経済ってやつだ。
そっか。ご飯貰うなら何か代わりを差し出さないといけないのか。
ぐっと体を丸めて踝から生えてる羽根を咥える。
ぐいっと首を捻ればその勢いで羽根が抜ける。
それを三枚取ってから首を伸ばしてギルに差し出した。
「え、これは?」
「おふぁい」
物々交換っていうんでしょ。知ってるんだから。
アンティメテルの羽根は魔力たっぷりで強力なアミュレットになるから高価で取り引きされるってグランデ様に教えてもらったもの。お金がない時はこれを代わりに支払えばいいって言ってた。
ちょっときょとんとしてないで早く受け取ってよ。口が使えないと次の干し肉が食べれないでしょ。
くいくいと首を振ってギムの手に羽根を押し付ける。
受け取れー。これが報酬だー。肉寄越せー。
「あ、ちょ、あんた、そんな」
ん? なんか弓持ってる人が慌てた声出したからそちらに目を向けると顔を真っ赤にしてる。なに、暑いの? ここ結構な標高で涼しいと思うんだけど。
「えっろ……」
剣持ってる方が呆然と呟いた。
えろい? なにが? 服着てるけど? え、どっかほつれてる?
「いっだ!? なにすんだよ!」
「うっさい! このクズ男!」
え、なに。弓を握り締めた拳で剣の人がぶん殴られたんだけど、何があったの。どうしていきなり喧嘩勃発したの。
怖い。人、怖い。情緒どうなってるの。
この人達ってもう大人なんじゃないの。子供みたいな喧嘩を大人の力でいきなり始めるとかどういうことなの。
「これが戦争……人の業……」
「いや、違うよ?」
違うらしい。
ギムは賢いから言う事は本当のはず。これは戦争でも人の業でもなく、喧嘩。原因、どこ。
「えっと、この羽根は?」
「だから、ご飯のお代」
ちゃんと聞こえてなかったのね。異種族コミュニケーション難しいよ。
「はぁ? お前の羽根なんかもらったってなんになるんだよ」
剣持ってるのがまた文句言ってきた。
ほお、わたしの羽根の価値を知らないと。あまりに
「シド。アンティメテルの羽根は一枚で金貨三十枚が底値だよ」
震える手にわたしの羽根を乗せたギムが硬い声で事実を伝えた。
剣の人はシドっていうのか。
「は? きん、さん、えっ?」
わたしの羽根の金額を聞いてシドが壊れたように言葉をぶつ切りに垂れ流している。どれ一つとしてきちんと単語になってなくて笑える。
よしよし、ギムはちゃんとわたしの羽根がお金代わりになるって分かってるのね。さすが賢い人。
「ねぇ、契約してよ」
「え、契約?」
ふふん、契約だなんて高度な知識を持ってるわたしにギムも驚いているな。気分がいいね。
「そう。この子、この卵が孵るまでわたしは動けないの。だから毎日ご飯を届けて。この子が孵った時にまた羽根を三枚上げるわ」
後払いってやつね。商人でもやり手が最近やっと使い始めたっていう高度な契約よ。去年に
「……はかくにすぎる」
「ご飯届けるだけで追加で金貨九十枚……?」
「まじかよ……」
ん? なんか三人共呆然としてる。
シドとか、ごくりと生唾飲んでるし。
わたし、なんか変な事言った?
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