伝説との遭遇とかどうでもいいからご飯ください

 なんてこと。人に剣と矢を向けられてソニちゃんぴーんちなんだけど。どして?

 剣持ってる方がじりじりと摺り足で距離を詰めてくる。

 かと言ってそっちに視線を向ける矢が飛んできそうだな。こわいんだけど。

 最初に会った人がこんな喧嘩っ早いとかわたし運がないのかな。こまったな。おなかすいたな。

 なんか考えるのもしんどくなってきた。

「おなかすいたぁ」

「またなんか言ってるぞ、あいつ」

「こっちを食べる気なのかも」

 食わんて。人はまずいって聞いたもん。

 人を食べるよりも牛とか豚とか鶏とか育ててもらってそれを食べた方が賢いってリオドール様言ってたもん。あー……リオドール様の育てた山羊美味しいんだよな。

「山羊食べたーい」

 あー、考えたらすごく山羊食べたくなってきた。この辺り山羊いるかな。岩山だからいそうだけど。

 ん、きょろきょろと山羊探してたら、なんか人がどっちも呆気に取られて構えを緩めてる。どしたの?

「なんで山羊?」

「……わかんない」

「サンダーバードって鯨食うんじゃなかったのか?」

「だからあたしに訊かれてもわかんないってば!」

 なんか口喧嘩してる。仲良くしなきゃダメだよ。

 ねぇ。

 いたっ!? ぼ、坊や、お返事を電撃でするのは止めて……。

「二人共ちょっと待って。たぶんだけど、彼女はハルピュイアでもましてやサンダーバードでもないと思う」

 お、二人の後ろに庇われるようにして控えていたもう一人が久しぶりに声を出した。

 そうそう、わたしは魔物じゃない……あれ、アンティメテルって魔物じゃないんだっけ? 魔物って人が勝手に決めた分類だからよく分かんないんだよね。どっち?

「サンダーバードじゃねぇとは思ってるけどよ、ハーピーでもないのかよ」

 剣を持ってる方が後ろの人に視線を投げやって確認している。

 でも弓矢持ってる方は睨むようにしてわたし狙うの止めないな。わたし敵違うよー。止めてよー。仲良くしようよー。

 あ、そうだ。にっこり笑いかければ警戒心も解けるかも。

 にこ。

 あの、なんでびくりと肩を跳ねさせて弦をさらに引き絞るの? 笑顔って友好の証じゃなかったの?

「うん、ハルピュイアは下半身が完全に鳥だけど、彼女は人と同じ足が伸びてる。羽が生えてて分かりにくいけどね。それに食欲の激しいハルピュイアだったら他種族の卵なんて見たらすぐに食べちゃうよ。あとハルピュイアは服も着ない」

 おお、なんか賢そうに説明してくれている。

 後ろにいて武器持った二人よりもちょっと遠いその人にも見えやすいように足を片方持ち上げる。ほらほら、すらりと人に似てる足だよ。足羽生えてるけどね。

 服も一枚すっぽりと頭を通して着てるよ。貫頭衣っていうんだよね。裸だと人に見られた時に破廉恥って言われるから旅立つ前に着させてもらうんだよ。

 ハルピュイアは下半身っていうか肩から背中にかけてそのまま下半身が鳥だからね。むしろ頭と胸だけが人の女性と同じ形してる。でもってあいつらは見た目以外は完全に野生動物だから言葉も通じないし服も着ない。口を開けばギャアギャアと烏とか椋鳥みたいに煩くて堪らないんだから。

 ま、営巣地コロニーに寄って来たらぶち殺すけど。子供達に手を出す輩は絶対に許さん。殺す。

「じゃあ、あれはなに? 人間が呪いにでもかかった姿?」

 弓を持ってる方の人がひょいと矢を動かしてわたしを指し示す。

 やめてー。それ指がすっぽ抜けたら矢が飛んで来るんでしょー。痛いのは、やー。

「ううん、人間じゃないよ。違人だ。きっとアンティメテルだよ」

 あ、そうだ、魔物じゃなくて違人っていうんだっけ。違人って魔物扱いじゃないよね?

 エルフとかドワーフとかケンタウルスとかベルセルクとか魔物じゃなかったよね? 自信ないけど。

「アンチ……なんだって?」

 剣持ってる方が言い難そうに言葉を詰まらせて聞き返してる。さてはこやつは頭良くないな?

「アンティメテル! アンミテラって言えばあんたでもわかる!?」

「え、それって翼で包む聖母? あの伝説の?」

 弓持ってる人が怒鳴るように訂正してくれたら剣の人もやっとピンと来たらしい。

 わたしら、伝説になってるのか。まぁ、人の登って来れないような高原に営巣地コロニー作ってるし旅に出ても人と関わるのはそんなに多くないってブランテ様も言ってたし、遭遇しないのか。

「うん、どんな子供でも見捨てないって語られるアンティメテルなら親のいなくなったサンダーバードの卵を孵そうとしてても不思議じゃないよ。すごいよ。なんて場面に出くわしたんだ、ぼくたちは……」

 うーん、感動してくれてるのは別にいいんだけど、わたしとしてはお腹空いてるのが一番問題なんだけどな。

 一応すぐにでも攻撃してやる、みたいな敵意が削がれてるだけでもありがたくはあるんだけど、ここはもう一歩踏み込んで助けを要求したい。

「ねぇ、話聞いてくれる? もう三日もなにも食べてないの。ご飯ちょうだい?」

 わたしが話しかけても今度は誰も武器を構えない。

 でも顔を見合わせてどうしようか悩んでる感じですぐにご飯くれそうにない。

 ちょっと、命を助ける慈悲を人は持ってないの。少し食糧恵むくらいは気軽にしてくれちゃってよー。

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