人との遭遇

 おなかすいたー!

 おなかっ! すいたああああああっ!

 もう三日も飲まず食わずだよ!

 そりゃアンティメテルは一週間飛び続けられるけどさ、飛んでてハイテンションになってる時とじっと抱卵してる時じゃ空腹感ぜんぜん違うから!

 ずぇんずぇん違うからー!

 おなかすいたー! 蜂蜜食べたーい!

 ああ、営巣地コロニーだったら抱卵中もブランテ様がご飯を持って来てくれたのに。

 孤独。圧倒的に孤独。

 それにわたしが抱いて温めてるこの子、時々ビリってして痛いんだよね。

 って、言ってるそばから来たっ!

 いたい! いたいってば! 落ち着いて!

 筋肉を跳ねさせるこれ、電撃だね。卵で既に雷使えるとかすごいね。この子の種族なんだろ。

 くぅ……。辛いよぉ。お願いだからお義母さんいじめないでぇ。

 おっきいだけあってある程度温めてあげればちょっと離れてもすぐに冷えるわけでもなさそうだけど、そんな孵る前の卵を抱くのを止めるとかちょっとアンティメテルとしてのプライドが許さないのよね。

 ちゃんと事前にふとっておけば一ヶ月二ヶ月は余裕で絶食出来るのに。

 ん、待てよ。今のわたしってそもそもふとれなくなってないか? アンティメテルにとって飛翔のための筋肉は消化器と生殖器を押し潰して犠牲にしてるから、ご飯いっぱい食べるとか無理な体になっちゃってるもんな。

 胃は前の三分の一、腸も狭い範囲に追いやられて圧迫されて、植物繊維をちょっと取りすぎると便秘で死ぬって脅されてるからな。便秘で死ぬとか嫌すぎる。

 だめじゃん。準備期間あってもだめだよ、これ。カロリーって言えば穀物だもん。こちとら穀物食べたら死ぬんだよ。

 やはり肉。肉が正義。あと脂身。筋肉になるタンパク質と燃料になるカロリーが同時に取れる。

 ちっちゃくなった代わりに消化機能を魔力で強化された胃はタンパク質溶かすの得意って教えられてる。胃酸で溶かせない植物繊維、やっぱ怖っ。なんなのあの物質。植物やばい。

 あー……現実逃避で空腹紛らわせるのもそろそろ限界だなー。ぐるぐるお腹鳴るし。

 卵はビリビリするし。

 いたっ! 今の強かったよ!? ダメだよ!

 めっ!

 いたいっ!

 なに!? 叱られて拗ねてるの!? 反抗期早すぎない!?

 あー……血でもいいんだけどあれ美味しくないんだよね。ブランテ様は狩った獲物の血を啜るの好きだったけど、わたしはあの味がいまいち。

 嫌いじゃないし栄養あるのも分かってるからごくごく飲むけど、好物じゃない。体温残ってるあったかいのがいい。冷えて冷たくなったのは錆臭さが出てダメ。

 わたし、ほんと食べれるもの減ったなー。お腹も減ったなー。

 ご飯探しにいって見つからなくて時間かかってこの子が冷たくなったら最悪だしなー。

 確実にご飯が手に入る場所とかないかな。

 ……人の村? 切り開かれてるから空から見付けやすいし、食料も絶対貯蓄してるある筈だし、効率的だ。

 あ、脳内のブランテ様に睨まれた。ごめんなさい。そうですね、人間を襲うと逆襲が恐ろしいんですよね、はい、覚えてます、ちゃんと覚えますから無言の圧力はどうか納めてください。

 はぁ……イマジナリーブランテ様はご飯くれない……。かなしい。

 ん? なんか来るな。狩る? 狩っちゃう? こちとら可愛い女の子だけど肉食だぞ? まぁ、既に無性だし一番の好物は蜂蜜ですが。

「ほら、やっぱりサンダーバードがいないんだよ。稲光が見えなくなったのもそのせいだ」

「おー、ほんとにギムの言った通りだな。えー、サンダーバード倒して名を上げるって夢がー」

「そんなの死んで終わりだから潰えて良かったわね」

 岩場を登って来たのは手足がすらっと長い生き物だ。二足歩行してる。

 あれが人ってやつね! 確かに羽がないアンティメテルにそっくり! 初めて見た!

 あんなにいろんなの着こんで暑かったり重かったりしないのかな? 人の中にはすごい力持ちがいるってブランテ様が言ってたからそういう特殊個体なのかも。

 ほーん、ふーん……おもしろ。翼がないのって変だな。飛べないじゃん。飛ばないのか。

 まだ距離があるからあっちの三人組はわたしに気付いてないっぽい。

「キミ、サンダーバードなの?」

 体全部使って覆っている卵に訊いてみるけど、答えてくれない。うん、知ってた。お喋りするにはまだ早いもんね。

 いたっ!? え、なに!? お返事!? もしかしてこれお返事!? お返事出来るなんてえらいっ。いたい!!

 ビリビリ多くなってない? そろそろ孵る? サンダーバード説強まってるわー。

「しゃあっ! 登ったっ!」

「骨、登りにく。疲れた。……ほら、ギム、掴まって」

「ご、ごめん……」

 あ、ビリビリ食らってたらさっきの人達がすぐ近くまで到達してた。

 一人だけ体力がないみたいで仲間に助けられてやっと登っている。

 飛べないって不便だよね。この巣を作った親鳥は大雑把なのか重ねるだけって感じだし、大きな骨は上手く噛み合ってないし、体重を駆けると滑ってズレてた。誰もケガしなくてよかったね。

 卵を納める巣の中心部はさすがに親鳥も気を使ったのか巣材の組み方も安定している。そこで一息ついてるみたい。

 とか思ってじっと見てたら警戒するように視線巡らせてた一人とぱちりと視線が合った。

 あ、こんにちは。

「なんだ!?」

 わたしに気付いた人が跳ねるようにして剣を構える。

 なるほど! 剣を腕で使うために人は手を持ってるのね。ラズィル様が剣使ってるの面倒臭そうって思ってたけど、なるほどなるほど。

 あの長い腕で刃付きの鈍器を遠心力使って振り回すのか。こわ。人、こわっ。人の武器は怖いって意味、分かっちゃった。

 まじまじと見ていたらもう一人も声に反応して、あれは、あ、弓矢! 初めて見た! あんなんどうやって使うのかって思ってたけど、そっか、二本の腕で弓と矢をそれぞれ持つのか! なるほどね!

「卵を抱いて温めてる?」

「なんだ、サンダーバードって抱卵の時に人化するのか!?」

「いや、そんな話聞いたことないけど……。腕が翼になってる女の子って、まさか?」

「なんだよ、あいつハーピーなのか? ハーピーがサンダーバードの卵を守ってんのか?」

 三人組は乱暴に言葉を交わしている。情報交換なのね。群れで狩りするには大事。

 ん? 狩り? あれ、ちょっと待って、わたし……狩られそうになってる……?

「待った!」

 命の危険を感じてわたしは叫ぶ。

 やばいやばい、やばかった。

 呑気に初めて見たものの観察じっくりしてる場面じゃなかったんだね、これ。気付いてよかった。

 でもブランテ様は人は対話が通じることも多いって教えてくれた。ここから友好的に助け合いの精神で接すればだいじょうぶなはず。

「お腹空いた! ご飯ちょうだい!」

 どうだ! わたしがか弱くて助けなきゃいけない相手だって分かるでしょ!

「…………なんか言ってんぞ、あいつ」

「気を付けて。鳥系の魔物は人の言葉を真似して油断させるのもいるから」

 あれぇ? おかしいぞ?

 剣持ってるのはともかく、弓矢持ってる方の人がキリリと弦を引き絞ってる。あれ、発射態勢を強めてるよね?

 なんで命の危機が更に迫ってるの? 友好的な異種族交流が始まらないの?

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