第50話 たくさんシフトに入れると思いますよ

 アルバイト作戦は失敗に終わった。

 どうやら俺の店のアルバイトは、常人には不可能らしい。


「やっぱり俺一人で切り盛りしていくしかなさそうだな……」


 そう嘆息しつつ、その日の営業後にアルバイト募集の張り紙を剥がそうとしたときである。


「あの……このお店、アルバイトを募集されているんですよね?」


 声をかけられて振り返ると、そこにいたのは若い女性だった。

 良いところのお嬢さんといった清楚な印象の子で、年齢は二十代半ばくらい。


 大学生よりは少しだけ大人びていて、社会人三年目くらいの雰囲気といった感じだろうか。


「あ、いや、募集を中止しようと思って」

「え、そうなんですか? そんな……私、応募しようと思っていたんですが……」

「うちのバイトに?」


 とてもではないが定食屋のアルバイトを希望するような子には見えず、思わず聞き返してしまう。


「はい。ぜひアルバイトをさせていただきたくて」


 返ってきたのは明瞭すぎるイエスだった。


「ええと、実をいうと、何人かアルバイトを雇ったんだが、たった数日で全員にやめられてしまってな。どうやらうちが激務すぎて、ついていけなかったらしい」


 彼女には申し訳ないが、こう言っておけばすんなり引き下がってくれるだろう。

 雇った後にまた即行で辞められるより遥かにマシだ。……面倒な手続きとか要らないし。


「そうなんですか? でも大丈夫です。私、こう見えて体力には自信があるんです」

「ちょっと自信があると言っても、せいぜい常人レベルだろう?」

「いえ、私、探索者としての経験もあるので、常人レベルではないと思いますよ」


 まさかの探索者だった。


「これでもAランクなんです。って、Sランクのニシダさんと比べると、あまり自慢になりませんけど」

「俺のことを知っているのか?」

「はい。ケンちゃんネル、いつも楽しく拝見させていただいていますよ」


 彼女はにっこりと微笑んでから、


「あ、申し遅れました。私、大坂真緒と言います。24歳で、大学卒業と同時に探索者事務所に所属して探索者として活動していましたが、事情があって今はフリーです。なので、たくさんシフトに入れると思いますよ」







「ハンバーグ定食一つ!」

「グリルチキンで!」

「バナナカレーくださーい」

「ハンバーグお願いしまーす」

「俺もハンバーグ!」

「カニ定食を!」

「バナナカレー一つ」

「僕はオムライスにしようかな」

「お前マジか、この店に来てオムライスかよ。絶対ダンジョン食材使ったメニューの方がいいって」

「そう? じゃあ、オムライスキャンセルでバナナカレー。……大丈夫かな? キャンセル通じてる?」


 店内のあちこちから聞こえてくる注文の声。

 その一つ一つを聞き逃すことなく、俺は猛スピードで調理していく。もちろん注文直後のキャンセルであれば、しっかり対応することが可能だ。


 そうして完成した料理を、厨房に併設したカウンターに次々と出していった。


「本当に大丈夫か?」

「ふふ、大丈夫です。誰がどの料理を注文したのか、ちゃんと覚えていますから」


 不安になる俺を余所に、大坂真緒は自信ありげに頷く。


 俺は彼女をアルバイトとして採用していた。

 一通りの業務内容は教えたが、実際に仕事をするのは今日が初めてだ。


 大量の客を捌くため、うちでは注文を取りに行くことをせず、その場で客に注文内容を叫んでもらうスタイルを取っている。

 ただ、それではアルバイトが料理を配膳できないため、各テーブルに番号を振り分け、俺が料理を出すと同時に番号も伝えていた。


 しかし大坂真緒は、その番号も必要ないという。

 大丈夫だろうかと次の調理を始めながら様子を伺っていると、まったく迷う素振りもなく各テーブルに料理を運んでいった。


 しかも速い。

 常人バイト数人でも配膳が追い付かず、カウンターに次の料理を置くスペースがなくなってしまっていたのだが、俺が完成した料理を置いた傍から持っていってくれる。


 さらに配膳と並行し、会計や片付けまでもこなしていく。


「申し訳ございません、まだお支払いはお済ではございませんよね?」

「っ……あ、そ、そうだったな! うっかり忘れるところだった!」


 こっそり無銭飲食しようとした客も見逃さない。


 正直ここ最近、売り上げの金額が合わず、その可能性を疑っていた。

 だが俺一人では対処し切れなかったのだ。


「大坂さん、いったん休憩してくれていいよ。お昼のまかないを作ったから食べてくれ」

「店長さんは?」

「俺は調理しながら適当に摘まむから大丈夫」

「では私も仕事しながら食べることにします」


 加えて体力も常人バイトとは段違いだった。

 この日はいきなり開店から閉店まで勤務してもらったのだが、一切休憩がなかったにもかかわらず最後まで平然と動き続けていた。


 一応、昼食と夕食のまかないは出したが、目を離している隙に少しずつ減っていき、気がつけば奇麗に平らげられていた。


「どうでしたか? 私、上手くやれていたでしょうか?」

「いや、想像以上だったよ! めちゃくちゃ助かった! 何度か完全に手を止めていられる時間があったけど、そんなの配信でバズって以来はじめてだったよ!」

「ふふ、お力に慣れたようでよかったです。続けて働いても大丈夫そうですかね?」

「もちろん! むしろ毎日でも来てほしいくらいだ。いや、当然君の都合が優先だから、できる範囲で構わない」

「最初にお伝えした通り、今は時間がたっぷりあるので毎日でも来れますよ!」


 そうして大坂真緒は、本当に毎日来てくれることになった。

 しかも開店から閉店までずっとだ。


 まさかこんなにいい人材を雇えるなんて……。


 当然時給2000円なんて安すぎるので、5000円にあげさせてもらった。

 一人で常人バイト五人分を超える働きができる子なので、それでもまだまだ安い方だろう。


「探索をやればもっと稼げると思うんだが……何でうちでアルバイトを? ……まぁ、人にはそれぞれ事情があるだろうし、あまり詮索するのもよくないか。俺だってこうして店をやってるわけだし」

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