第49話 普通に無理っす

 アルバイト募集の張り紙を店の入り口に張り付けてみたら、ぽつぽつと応募したいとの問い合わせがきた。

 閉店後や定休日にお店に来てもらって、面接を行うことに。


「……面接なんて今までやったことないし、少し緊張するな」


 最初の一人が、定休日の午前10時からだった。

 その少し前にお店に来て、俺はバイト希望者を待っていた。


 メールでの問い合わせだったが、名前の印象からして恐らく若い男の子だろう。


「10時になったな」


 そろそろ来る頃だろうと、一応お茶を用意して待機する。


「……? ちょっと遅れているのか?」


 だが10分が過ぎてもまだ現れない。

 メールを確認してみても、遅れますとの連絡もきていなかった。


 それからさらに20分が経ち、10時30分。


「全然来ないんだが? さすがに連絡してみよう」


 もしかしたら面接の予定を忘れているのかもしれない。

 俺はメールを送ってみた。


 しかしその返信もなく……ようやく返事がきたときには、すでに12時を大きく過ぎていた。


〈すんません、寝てました。今から行きます〉

〈申し訳ありませんが、次の面接が13時からなので、14時に変更してもよろしいでしょうか?〉

〈その時間は普通に無理っすwww〉

〈ではいつなら大丈夫でしょうか?〉

〈むしろいつがいいっすか?〉

〈来週の10時はいかがでしょう?〉

〈あー、来週は友達と遊ぶ予定なんで〉


「不採用っ!!!!!!」


 俺は絶叫した。

 うん、これは会って判断するまでもない、雇ってはダメなやつだ。


〈大変申し訳ありませんが、今回は採用を見送らせていただくことになりました〉

〈は? まだ面接してもらってないっすけど?〉

〈面接をするまでもなく不採用ということです〉

〈マジかw ちょっと遅刻しただけじゃんw 厳し過ぎだろw 俺より年下のくせに調子乗んなよ〉


 まさかの年上だった……。

 40超えての年齢マウントも痛すぎる。


「こいつのことは忘れよう。どこにでも変なやつはいるからな。っと、そうこうしているうちにもう次の面接時間か」


 次のバイト希望者は女の子だ。

 大学に通っているとのことなので、今度は間違いなく若い子だろう。


「って、また遅刻なんだが……?」


 しかし13時になっても店に来る気配がない。

 どうなってんだと思っていると、店の電話が鳴った。


『やっほー、ケンちゃんの人ー?』

「は、はい、ケンちゃん食堂です。……どちら様でしょうか?」

『どちら様って、面接予定のカオリに決まってんじゃん! え、もしかして忘れてた? マジでウケるんだけど!』


 ……なんかめちゃくちゃギャルなんだが。

 白鳥香織っていう、いかにもお嬢様っぽい名前だったから、今度こそまともな人が来ると期待していたのに。


 残念ながらこいつも不採用だなと思っていると、


『ちょっと寝過ごしちゃってー、今ダッシュモードなんだけどぉー、あと5分くらいで到着希望って感じー』


 あ、もう近くまで来てしまっているのね。


「分かりました。ではお待ちしてます。もし途中で気が変わったりしたら、辞退していただいても大丈夫ですので」

『キャハハハハッ! おじさん冗談おもしろいじゃん!』


 その後、想像通りのギャルが来たので、不採用とさせてもらった。

 厨房はやらないとしても、飲食店で10センチくらいあるネイルはダメだろ……。


 それからも忙しい業務の合間を縫って、何人も面接をしたのだが、


「美久ちゃんの大ファンで……ハァハァ……ここでバイトしてたら、美久ちゃんとお近づきになれるかなって……ハァハァ……」

「あ、変態さんはどうぞお帰りください」


 金本美久のファンだという、俺と同い年で頭髪の薄いデブのおっさんとか、


「あの……行きたいなって思ったときだけシフトに入る形はダメですかね? いや、前日までに連絡はちょっと……。できればその時間にフラっと行くような感じで……」

「さすがに仕事を舐めてません?」


 仕事というより、もはや世の中を舐めているような若い女性とか、


「実は神からのお告げを受けまして、この面接にやって参りました」

「そういうの間に合ってるんで」


 怪しい宗教の勧誘をしてきた中年女性とか、


「なんとこちらのお店がさらに売り上げをアップさせられる、確実な方法があるんです!」

「今は売り上げより圧倒的に人手が必要なんですけど?」


 怪しい情報商材の売り込みをしてきた若い男とかで。




「時間を返せええええええええええっ!!」




 思わず叫んでしまった。


「バイトを雇うというのがこんなに難しいことだったとは……。みんな一体どうやってるんだ? いや、そもそも時給が安すぎるせいか? だから変なやつしか来ないとか……その可能性はあるな」


 そこで俺は時給を上げてみることにした。

 一気に二倍の時給2000円である。


 その結果、ようやくまともな人が面接に来るようになり、無事に5人のアルバイトを雇うことに成功したのだが――


「申し訳ありません、バイトを辞めさせていただきます」

「すいません、俺も辞めさせてもらえれば……」

「じ、実は私も……」

「ごめんなさい、俺も今日限りで……」

「急で悪いのですが、バイトを辞めたくて……」


 なんとその5人全員が、僅か数日でバイトを辞めたいと言い出したのである。


「な、何でだ? もしかして時給が低いせいか? それとも、まかないが美味しくない……?」


 ショックを受けつつ、俺が恐る恐る問うと、


「「「業務が過酷すぎるからですっ!!!!」」」


 全員から同じ答えが返ってきた。


「何ですか、この店の広さと客の数は!? 他の飲食店でもバイトしたことありますけど、どう考えてもこの人数で回せる規模じゃないですよ!」

「普通は料理も追いつかないはずなんですけどね!? 瞬きしている間に十も二十もできあがってるとか、意味不明ですって!」

「そもそもどうなってるんです、この店!? 何で一軒家くらいの外観なのに、中は学校の体育館みたいな広さなんですか!? もしかして時空が歪んでます!?」

「賄いはめちゃくちゃ美味しいですけど、過労で死んだら元も子もないです!」


 そして彼らの結論もまた、まったく同じだった。


「「「常人にこの店でのアルバイトは無理です!!」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る