第41話 別のお願いだから
「ふぅ、今日も何とか一日を乗り切ったぞ」
お店の閉店後。
片付けや明日の仕込みなどを終えた俺は、額の汗を拭いながら大きく息を吐く。
本日の来店人数は過去最高を更新し、ついに2000人を超えた。
先日Sランクへの昇格試験の様子を生配信して以来、さらに客足が増えたのだ。
しかし相変わらず俺一人で調理、注文取り、料理の運搬、会計、テーブルの片づけといったすべての業務をこなしている。
「だいぶマルチタスクに慣れてきたと思ってはいたが……さすがに頭が混乱するな」
今のところ大きなミスもなくやれてはいるが、最近は俺の動画を見てくれたという海外からの客も増えてきていて、まだまだ客足が伸びそうな勢いがあった。
……動画の再生数も伸びまくってるし。
食材の消費も激しいため、休日にはダンジョンに潜って調達しなければならない。
定休日は週に一日しかないので、実質的に休みはゼロだった。
「いやもちろん嬉しい悲鳴だけどな。ただ、そろそろアルバイトを雇うことも考えた方がいいかもしれない。幸い今ならバイト代もしっかり出せそうだし。……面接とか大変そうだが」
そんなことを考えていると、
「賢一おじさん、お疲れ様~」
「那乃葉?」
店にやってきたのは迷宮管理庁で働いている姪っ子の那乃葉だった。
スーツ姿なので、仕事が終わってから来たのだろう。
……あるいはまだ仕事中か。
「そしてSランクへの昇格おめでとう! さすが賢一おじさんだね!」
「ありがとう。何とか可愛い姪っ子の期待に応えられたみたいでよかったよ」
「いやいや、賢一おじさんなら余裕だったでしょ! 井の頭ダンジョンで発生したイレギュラーも解決しちゃうし……職場でもおじさんの話題で持ちきりだよ!」
「そうなのか?」
「そうだよー」
詳しく聞いてみると、Sランクを見据える希少なAランク探索者たちが無事だったのは俺のお陰だと、どうやら管理庁内で先日の活躍が絶賛されているらしい。
「ところで今日はどうしたんだ? もしかしてまた管理庁がらみのお願いか?」
「あはは、今回は違うよ! 管理庁とは別のお願いだから」
「別の?」
「そそ。ほら、
そこで店に入ってきたのは、俺もよく知る少女だった。
「お、おじさん……こんばんわ」
「え、恋音? 何で東京にいるんだ? しかもこんな時間に……」
彼女は俺の六人いる姪っ子のうちの一人。
那乃葉からすると従妹に当たるが、まだ高校一年生の16歳で、広島の高校に通っているはずだった。
「じ、実はわたし、アイドルとしてデビューすることになって……それで最近、こっちに引っ越してきたの」
「マジか」
予想外の報告に唖然とする俺。
いや、まったくの予想外ではないかもしれない。
なにせ恋音は幼い頃から整った顔立ちで、俺を含めた親類からずっと「恋音は絶対美人になるよ」「将来は女優さんかも」「いやいやアイドルでは」と言われ続けてきたのだ。
もちろん単なる身内の贔屓目ではない。
数年前まだ中学生だった頃、東京に遊びにきたときには、何人ものスカウトから声をかけられたというのだから。
「けど驚いたな。確かにアイドルになってもおかしくないほど可愛いとは思ってたが、あまり人前に出るのが好きなタイプじゃなかったからな」
「う、うん、今でも人前に出るのは苦手だけど……でも、そういう自分を変えるチャンスだと思って」
それでたまたま募集していたとあるアイドルグループのオーディションに思い切って応募してみたら、見事に合格してしまったらしい。
「ちなみにどんなグループなんだ?」
「ほ、鳳凰山38っていう……」
「鳳凰山38!?」
超人気アイドルグループだ。
しかもあの金本美久が所属しているグループでもある。
「おじさん、何度か金本美久って子とコラボ配信したぞ」
「う、うん、もちろん全部見てるよ。あ、あの……それで、お願いがあって」
「お願い? 何だ、お願いって、恋音のお願いなのか」
「そそ。さっき言った通り、管理庁からじゃないの」
どうやら那乃葉は恋音から相談を受け、仲介役として同行してくれたらしい。
「別に恋音のお願いなら那乃葉のサポートなくても全然聞くんだけどな」
「あはは、私もそう言ったんだけど」
まぁ恋音は昔から叔父の俺が相手でも、会うたびに人見知りを発動させていたからな。
俺が苦笑していると、恋音は恐る恐るといった様子で告げた。
「わたし、実は覚醒者みたいで」
「は?」
さっきの報告に勝るとも劣らない衝撃を受けている俺を余所に、恋音は続ける。
「ついこの間の検査で分かったの……それで、せっかく覚醒者なら、憧れの美久先輩のやってるチャンネルに出たいなって……。美久先輩のことはずっと前から大ファンで……だって、すっごく可愛くてダンスも歌も上手なのに努力家で、バラエティ能力も高いのに優しくてカッコよくてアイドルの中のアイドルって感じで!」
急に鼻息荒く金本美久の話をし始める恋音。
「握手会で美玖先輩に手を握ってもらったときは、アイドルオーラで鼻血が出ちゃいそうだったくらい! もし鳳凰山38でデビューできたら絶対仲良くなりたいって思ってて! それが同じ覚醒者だったなんて! 同期を差し置いて先輩とお近づきになれる大チャンス! でも、事務所からは危険だからすぐには難しいって言われちゃって! ただ、そこでふと思ったの! Sランク探索者のおじさんが一緒だったら、事務所も認めてくれるんじゃないかなって!」
「ちょっ……」
目を爛々と輝かせ、興奮し切った様子で訴えてくる。
その姿は、俺の知ってる引っ込み思案な姪っ子ではない。
「だからお願い、賢一おじさん! どうか力を貸して!」
色々と情報量が多くて混乱しつつも、俺は何とか叔父としての威厳を保とうと、必死に言葉を絞り出したのだった。
「ま、任せておけ」
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