第37話 菓子折り持って礼にいく

 清水雫が地面に激突する寸前、割り込んできて彼女を受け止めたのは、髭もじゃの巨漢、山口権蔵だった。


〈権蔵!?〉

〈生きてたの!?〉

〈あれぐらいで死ぬやつだとは思ってなかったよ〉

〈全俺が泣いた〉


「い、生きていたのかい!?」

「がははははっ! 頑丈さだけが取り柄だからの! あの程度では死なぬよ!」


 驚く竜牙に、権蔵は豪快に笑ってみせる。


「それより早く降ろしてもらえないかしら?」

「お、すまんの!」


〈助けてもらったのに冷たくて草〉

〈むしろご褒美ハァハァ〉

〈Aランク探索者なら普通に着地できただろ〉

〈雫さん暑苦しいやつ苦手そうだしな〉


 そんな二人のもとへ、フォレストドラゴンの身体から伸びた無数の枝が、槍の雨となって襲い掛かってきた。


〈一難去ってまた一難〉

〈容赦なさ過ぎて草〉

〈俺もう深層ボスにトラウマだわ〉

〈安心しろ、お前が遭遇する可能性はゼロだ〉


 ズバズバズバズバッ!!


 しかし迫りくる枝が、どこからともなく割り込んできた人影によってことごとく斬り落とされた。


「ヒャハハハハッ! なかなか楽しそうな戦いやってんじゃねぇかよォ! オレ様も交ぜてくれや!」


〈加勢キタアアアアアアッ!!〉

〈ザ・不良って感じのやつやな〉

〈街でこいつに睨まれたら漏らす自信あるわ〉

〈こいつブレイ〇ングダウンに出てなかった?〉

〈似てるけど違うwww〉

〈彼は田中正憲くん〉

〈名前は古風で草〉

〈ご両親は二人とも小学校の教師らしい〉

〈何その情報w〉


 両手に鉤爪のような武器を装着した正憲は、嬉々として叫ぶ。


「オレ様が相手してやるから、かかってきやがれ、このデカブツがよォ!」

「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ぎゃあああああっ!?」


〈正憲いいいいいいいいいいいいいいいっ!?〉

〈調子に乗り過ぎました〉

〈ブレス一発で草〉

〈これがボケとツッコミってやつ?〉


「いでえええええっ! いでえよおおおおおおおっ! ママあああああああああっ!」


 フォレストドラゴンのブレスの直撃を喰らい、地面をのたうち回る正憲。


〈ママwwww〉

〈意外とマザコン〉

〈逆に意外じゃない気がする〉

〈まさのりくん、いたいのいたいの、とんでいけー〉

〈よく見ると足が変な方向に曲がってね?〉

〈うわマジだ〉

〈これは痛い〉

〈現れて秒で退場で草〉

〈権蔵みたいなパターンもあるぞ〉


 そのとき正憲の身体に頭上から光が降り注いだ。

 見る見るうちにその傷が癒えていく。


「あはは、これはまた大変なことになってるみたいだねぇ」


 言葉の割に随分と暢気そうな女性の声。


〈本願良子だ!〉

〈確か最高レベルの治癒魔法の使い手なんだっけ?〉

〈後衛のはずなのに、ソロでここまで下りてくるとかすごいな〉

〈ともあれ正憲くん復活!〉


「た、助かったぜ! 後で菓子折り持って礼にいく!」

「あはは、気にしなくていいよ」


〈菓子折りwww〉

〈キャラに合わなさすぎだろ〉

〈正憲くん律儀で草〉

〈育ちはいいんだろうなぁ〉

〈にしても、どんどん強力な味方が増えてくな〉

〈これなら戦えるかも?〉


「ここまで僕一人でこいつを食い止めていたけれど、ようやく戦力がそろってきたみたいだ!」


 竜牙が威勢よく叫ぶ。


〈お前は死にかけてただろwww〉

〈何度も助けてもらったしな〉

〈認知歪んでね?〉

〈これが竜牙だよ〉

〈さすが竜牙〉

〈アンチが多い理由でもある〉


「がははははっ! やる気であるな、竜牙殿! 吾輩もこのままおめおめと逃げるわけにはいくまい!」

「うーん、大丈夫かしら? 相手は深層ボスよ?」

「ヒャハハハッ! さっきの借りを返してやるぜェッ!」

「じゃあ、色々と補助魔法をかけてあげるねぇ」


 良子が幾つもの補助魔法を重ね掛けしていく。


「か、身体が軽い! それに力が漲ってくるみたいだ!」

「がははははっ! これなら深層ボス相手でもやれる気がするわい!」

「あら、うちの従魔たちにもかけてくれたの?」

「こいつぁ心強いぜェッ!」

「まぁ死にさえしなければだいたい回復できるから、ガンガンやっちゃっていいよ~」


〈フォレストドラゴン対Aランク探索者5人か〉

〈強力な回復役が加わったのが大きい〉

〈胸アツ展開〉

〈やられたらやり返す!〉


 そうして探索者たちが一斉にフォレストドラゴンに躍りかかった。


 竜牙の雷剣が枝葉を焼き払うと、闘気を帯びた権蔵の拳が木肌にめり込む。

 雫の従魔たちは各々の攻撃をお見舞いし、正憲は爪で幾度も斬りつけていく。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「があああっ!?」

「はい回復回復~」


 さらに深層ボスの攻撃で大ダメージを受けても、良子の治癒魔法であっさりと回復し、即座に戦線復帰することができた。


〈強い!〉

〈急に深層ボス相手に互角に戦えるようになったな〉

〈即席パーティとは思えない安定感〉

〈バランスが良いから〉

〈やっぱバランス大事やな〉

〈けど、ボスあんまりダメージ喰らってる感じしなくね〉

〈俺もそれ気になってた〉

〈枝とか何度も斬り落とされてるけど、新しいの生えてきてんじゃん〉


「うーん、これはマズいねぇ……」


 呻いたのは良子だ。

 少し距離を取った場所から全体の様子を俯瞰していた彼女もまた、視聴者の一部が指摘している事実に気づいてしまったのである。


「マズいってどういうことだい!? 明らかに僕たちが推しているだろう!」


 竜牙が彼女の呟きを聞き取って反論する。


「よく見てよ。傷を付けても、しばらくすると元通りになってるんだ。多分こいつ、再生能力を持ってるよー」

「な、何だって!?」


〈こんなに強いのに再生能力あるとか〉

〈深層ボス規格外すぎだろ〉

〈どうやって倒すん?〉

〈このボスデザインしたやつアホじゃね〉

〈それな。電凸したいから連絡先教えれ〉

〈ゲームじゃないと何度言えば……〉


 さらにそのときだった。


「「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」


 自分より遥かに小さな生き物相手に劣勢を強いられていることに苛立ったのか、双頭がかつてない大咆哮を轟かせたかと思うと、胴体の一部がいきなり盛り上がった。


 そこから猛烈な勢いで何かが生えてくる。

 気づけばそれは、三本目の首となっていた。


「く、首がっ!?」

「増えていってやがるぜェ!?」

「ありゃりゃ」


 しかも増えたのは一本だけではなかった。

 二本、三本と次々に新たな首が出現し、やがてフォレストドラゴンは八つの首を持つ多頭のドラゴンと化したのだった。


〈ええええええええええっ!?〉

〈なにこれ!?〉

〈進化したってこと……?〉

〈迷宮暴走のせいだ! 迷宮暴走でボスまでもが強化されたんだよ!〉

〈井の頭ダンジョン終了のお知らせ〉

〈もうダメぽ〉


 八つの首が同時に口を大きく開けた。


〈まさか……〉

〈ブレスが来る!?〉

〈同時に!?〉

〈やべええええええええええっ!〉


「「「「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」


 放たれた八重のブレスの狙い先は、本願良子だった。


〈回復役を真っ先に狙うとか!〉

〈良子やられたらこのパーティ終わるだろ!〉

〈逃げてええええええええええっ!〉

〈けどまだスライムが!〉


 そんな良子の前には、雫のスライムが守護役として控えていたのだが、どう考えても八重のブレスの前には無力だと思われた。


〈いや、耐えてる!?〉

〈スライムすげぇ!〉

〈さっき良子が集中的に補助魔法を重ね掛けしてたからだ!〉

〈この展開を読んでたってこと!?〉

〈さすが宗教家!〉

〈けど耐え切れそうにないぞ!?〉


「あちゃー、これだけ防御値を強化しておけば大丈夫だと思ってたけど、こっちの想定を上回れちゃったみたいだねぇ」


 スライムの背後から一歩でも出ればブレスの餌食になるため逃げることもできない良子は、完全に諦観し切った顔で苦笑する。

 直後、ついにブレスに耐え切れなくなったのか、スライムの身体が爆散した。


「………………?」


 死を覚悟して目を瞑った良子だったが、いつまで経ってもブレスの衝撃がこなかったため、首を傾げながら恐る恐る目を開く。


「ふう、危ないところだったな」


 そこにいたのは一人の男。

 地下30階から凄まじい速さでここまで引き返してきた、定食屋のおっさんだった。


〈ニシダあああああああああああああああああっ!〉

〈ニシダあああああああああああああああああっ!〉

〈ニシダあああああああああああああああああっ!〉

〈ニシダあああああああああああああああああっ!〉

〈ニシダあああああああああああああああああっ!〉

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