第35話 来世の活躍にご期待ください

「おおっ、やっと見つけたぞ!」


 高橋竜牙は歓喜の声を響かせていた。


 井の頭ダンジョンの地下20階。

 下層に相当するこのフロアを踏破し、ついに階下へと続く巨大な穴と階段を発見したのだ。


「予想よりずっと早く辿り着けたね! もしかして僕が一番乗りなんじゃない? そうだ、きっとそうに違いない! ふふふ、これはまた人気が出てしまうかもしれないね!」


〈かなり短い時間でここまで来たな〉

〈今回の受験者の中でたぶん最速じゃね? 約一名を除いて〉

〈性格は残念だけど、実力は確かなんだよなー〉

〈そりゃAランクだからな。探索者としてはトップレベルよ〉

〈約一名のことは無視するべきだ〉


「(約一名って、まさか、あの男か……っ! くそおおおおおっ、これでもやつの方が早かったなんて……っ! このままじゃ日本初のSランク探索者の座までをも奪われてしまう! だけど試験のゴールは必要素材を入手して持ち帰ること! まだまだ挽回の余地はある!)」


 流れてきたコメントがちらりと目に入って、竜牙は内心で絶叫する。


「これを下りればいよいよ深層だ! 魔物もトラップも今までとは比較にもならないほど凶悪になってくるぞ! だけど、Sランク探索者になるためには避けて通れない道だ! みんな、僕を応援してくれ!」


〈がんばれー〉

〈フレフレー〉

〈同接15万超えてるぞ〉

〈てか、ケンちゃんネルの方で何かあったみたい?〉

〈なんか深層で異変が起こってるんだっけ?〉

〈え、危険じゃん。止めてあげないと〉

〈竜牙くん気づいてないの?〉

〈公式からDMが来てるはず。見てないのかな?〉

〈おーい、竜牙~っ! コメント確認しろー〉


 コメント欄で視聴者たちが注意を呼び掛けているが、もはや竜牙はそちらを見てはいなかった。


「それでは、いざ、深層へ!」

「がははははっ! お先に失礼するぞ!」

「へ?」


 彼の脇を通り過ぎ、階段を駆け下りていったのは髭もじゃの巨漢、山口権蔵だった。


〈抜かれて草〉

〈先を越されたなw〉

〈階段前でとろとろしてるから〉

〈あのデカいやつも異変に気づいてないのか〉


「ちょっ……待てええええええっ!」


 慌てて後を追いかける竜牙だったが、直後になぜか権蔵が大慌てで引き返してきた。


「へ?」


 ドタドタドタドタ……。


 今度は逆方向に傍を通り過ぎていく。


「貴殿も引き返した方がよいぞおおおおおおっ!」

「どういうことだ?」


 訝しがりながら階下へ目をやった竜牙は、


「~~~~~~っ!? うおおおおおおおおっ!?」


 即座に階段を駆け上がった。

 やがて二人そろって元いたフロアに飛び出した直後、


「ブモアアアアアアアアアアアッ!!」


 雄叫びと共に姿を現したのは真っ赤な毛並みのミノタウロス。

 アンデッドではないが、本来なら地下21階から25階の深層に出現するはずのブラッディミノタウロスと呼ばれる魔物だ。


 続いてスケルトン系の上位種、スカルセンチピードが穴の淵から這い出してくる。

 これも地下21階からの深層に出没する、全長20メートルを超えるムカデの魔物だ。


 さらに巨大な蜘蛛の姿もあった。

 本来なら地下26階以降に棲息し、今回の試験のターゲットとなっていたクイーンタラントラだ。


 他にも深層の魔物が次々とこの下層に侵入してきたのである。


〈し、深層の魔物がっ……〉

〈どうなってんだ!?〉

〈これが異変か〉

〈竜牙ちゃん逃げてえええええっ!〉


「クイーンタラントラ!? まさか下層で遭遇できるなんてっ……僕に運が回ってきたかもしれない! あいつよりも先に試験に合格してSランクになってやるんだ!」


〈そんな場合じゃねぇって!〉

〈ポジティブ過ぎて草〉

〈嫌いじゃない〉

〈オイオイオイ死ぬわアイツ〉


「そんなこと言っている場合ではなかろう! 下層に深層の魔物が殺到してくるなど、明らかな異変! すぐに他の受験者たちにも知らせねば!」


〈あの髭もじゃの方がまともで草〉

〈変人キャラに怒られる竜牙ちゃんw〉

〈意外と理性的な人っぽい〉

〈うちの竜牙ちゃんがすいません〉


 と、そのときだ。

 深層へと続く穴から、今までの魔物たちとは比較にもならない巨大な何かが飛び出してきたかと思うと、それがクイーンタラントラに襲いかかった。


 がぶり。

 ごくん。


 ほとんど丸呑みだった。

 脚を広げれば全長30メートルにも達する巨体が、たった一口で呑み込まれてしまったのである。


「は?」

「な?」


 竜牙も権蔵も唖然とするしかない。

 やがてそれが全貌を現す。


 恐ろしく巨大なドラゴンだった。

 ただしその身体を覆い尽くすのは鱗ではなく、木肌や葉っぱ。


 胴体だけでゆうに100メートルを越える巨大さを誇り、しかもそこから二本の首と五本もの尾が伸びている。


「双頭の……フォレスト、ドラゴン……? 何でこんなところに……?」


 辛うじて竜牙が口にしたのは、本来であればこのダンジョンの最下階に待ち構えているはずのボスの名称である。


〈やべえええええええええええええっ!?〉

〈うわああああああああああああああっ!?〉

〈大パニック〉

〈オワタ〉

〈高橋竜牙さんの来世の活躍にご期待ください〉

〈勝手に竜牙ちゃん殺すな!〉

〈真面目にこの状況切り抜ける方法ある?〉

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