第34話 楽観視はできない
南国風の大森林を走破し、階段を発見する。
それを下りると、またそこには新たな大森林が広がっていた。
ただ、これまでと違い、なだらかな坂になっている。
俺は地面を蹴り、周囲の木々を見下ろせる高さまで跳躍した。
すると遠くに奇麗な円錐型の山があるのが分かった。
「間違いない。ここが地下30階だな」
管理庁からのDMで、井の頭ダンジョンの最下層の特徴を教えてもらっていた。
ボスはあの山の頂上にいるらしい。
俺は地面に着地する。
「地下30階に来れたようなので、今からボスのところを目指します」
〈地下30階!?〉
〈井の頭の最下階じゃん!〉
〈てか、ボスのところに行くって?〉
〈今北産業。この試験、ボスを倒せばいいの?〉
〈なんかダンジョンで異変が発生してるらしく、ニシダはその調査中〉
〈まさか異変って迷宮暴走?〉
〈それならボスを倒せば収まるはず〉
〈深層ボスとニシダが戦うとこ見れるってこと?〉
〈ソロで深層ボスに挑むとかヤバ過ぎ〉
樹木に覆われた坂道を疾走する。
中心に近づくほど傾斜が高くなっていくはずだが、この辺りはまだまだ緩やかなものだ。
途中で幾度も魔物に襲われつつ、ひたすら森を走り続けた。
どんどん坂がキツくなっていく。
遠くから見ているとなだらかに見えたが、実際に登っていくとかなりの急斜面である。
崖に近いようなところもあった。
標高が上がっていくにつれて木が低く、そして少なくなっていき、やがては完全な岩場と化す。
……ダンジョンの中で標高云々というのもおかしな話だが。
〈すげー断崖絶壁〉
〈高所恐怖症の俺、涙目〉
〈壁を垂直に走ってるように見えるんだが?〉
〈ニシダならそれくらいやれるだろ〉
ようやく頂上へと辿り着く。
「……ふう。それにしてもやはり20年のブランクは大きいな。ちょっと走っただけで、ここまで息が上がるとは」
さすがに呼吸が荒くなっていた。
その辺の岩の上に座って、しばし息を整える。
〈ちょっと走っただけ?〉
〈ちょっととは〉
〈むしろ山登りじゃん〉
〈正確には崖走りだったけどな〉
一分ほどが経ち、俺は立ち上がった。
「よし、それじゃあボスのところに行くとします」
〈休憩短っ〉
〈もうちょっと休んでも誰も怒らないよ?〉
〈過労死しないよう気をつけてー〉
〈なんかニシダ見てたら一週間に一度しか風呂に入らない自分が情けなく思えてきた〉
〈俺も。服を一週間に一回しか洗わないなんて情けないよなぁ〉
〈もっと早く情けなく思えよ〉
〈いよいよ深層ボスとニシダが激突!〉
〈わくわく〉
〈気をつけなはれよ~〉
管理庁からのDMによると、どうやらこのダンジョンのボスはフォレストドラゴンらしい。
簡単に言うと身体が樹木で構成されたドラゴンだが、トレントの一種とも言われている。
しかも首が二つある双頭のフォレストドラゴンで、体格も並みのフォレストドラゴンを大きく上回るという。
深層ボスに相応しい強敵だ。
山頂は中心部が窪んでいた。
いわゆる火口だが、青く美しい湖もあって地上なら観光名所になっているかもしれない。
〈これは絶景〉
〈画面越しでも感動するレベル〉
〈凶悪なボスの住処だけどな〉
その湖の畔に生えている二本の大木がボスらしいが、
「…………ない?」
湖まで下りてきた俺は、それらしい木がまったく見当たらず困惑する。
〈ボスはいずこ?〉
〈どういうこと?〉
〈ボスの場所を間違えたってこと?〉
〈それはないだろ〉
〈このマップでボスが別のとこにいたらクソゲー過ぎる〉
〈ニシダが怖くて逃げた説〉
〈あり得るから草〉
「これは……思っていた以上にヤバい事態になってるかもしれないな」
俺はある可能性を口にする。
「王の
〈え、なに?〉
〈王の方向?〉
〈王の芳香?〉
〈王の咆哮だって〉
〈彷徨:目当てもなく歩き回ること。さまようこと〉
「最下階の特定場所から動かないはずのダンジョンボスだが、稀にそこを離れてダンジョンの中を徘徊することがある。それが王の彷徨だ」
それが最下階であればまだいいが、さまよいながらどんどん上階へと進んでいってしまったら最悪だ。
浅い階層で戦っていた探索者の前に、突然ボスが現れたら対処の仕様がない。
「かつて山口県下関市にあるダンジョンで王の彷徨が起こったときは、深層のボスが中層に姿を現し、Cランク探索者たちで構成されたパーティが全滅させられるという痛ましい事故が発生した」
〈怖すぎだろ……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル〉
〈迷宮暴走は?〉
〈それと同時に起こってるってこと?〉
〈は? 迷宮暴走を解消するには、ボスを倒すしかないんだろ?〉
〈マジか〉
〈無理ゲーじゃん〉
〈オワタ〉
「まさか迷宮暴走と王の彷徨が重なるとは……」
迷宮暴走と王の彷徨の同時発生は、確か国内では過去に一度もないはずだ。
海外だと何度かニュースで小耳に挟んだことはあるが、詳細までは記憶していない。
〈ニシダ以外が深層ボスと遭遇したら終わりじゃん〉
〈もう試験は中止だろ〉
〈できるだけ上階に避難して~〉
〈てか、他の受験者らまだ状況に気づいないんじゃね?〉
〈普通そうだろ〉
〈連絡手段がないからなぁ〉
〈適当にさまよってるんだろ? じゃあ確率的には低いだろ〉
〈フラグ立てんなって〉
確かに彷徨という言葉の意味通りであれば、上階で遭遇するリスクは非常に低いが……。
「侵入者の排除という目的を持って移動しているっていう説もあるし、楽観視はできない」
俺はすぐに来た道を引き返し、上階へ戻ることにした。
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