第33話 隠れても無駄だぞ
俺は深層の大森林を爆走する。
邪魔な樹木や立ち塞がる魔物を次々と斬り捨てながら、ひたすら階段のもとへと向かう。
〈もう完全に姿が見えんくて草〉
〈最新のドローンでも追いつけないとか〉
〈時速200キロは出るはずなんやが〉
〈魔物の死骸がめっちゃ落ちてるな〉
「ん? デカい木があるな」
前方に現れたのは、軽く300メートルは超えているだろう巨大な木だ。
俺の遠距離斬撃を浴びても、その太い幹に軽い傷が入った程度。
「っと」
突然、地面から杭のようなものが飛び出し、こちらへ襲いかかってきた。
そいつを躱すも、次々と杭が迫ってくる。
よく見たら木の根っこだ。
「あの木、エンシェントトレントだな」
トレント種の最上位に君臨する魔物、エンシェントトレント。
それが俺の前に立ちはだかり、攻撃してきたのである。
〈何だあの木は!?〉
〈デカ過ぎんだろ……〉
〈AI検索したらトレントって出たぞ〉
〈深層にはあんな巨大なトレントがいるのか〉
根だけでは俺を仕留められないと思ったのか、今度は枝という枝が鞭のように襲いかかってきた。
さらには、エンシェントトレントの身体を根城にしているらしい昆虫や鳥系の魔物までもが殺到してくる。
「鬱陶しいな」
全方向に斬撃を飛ばし、まとめて片付けてやった。
そうしてエンシェントトレントに正面からぶつかっていくと、
「はああああああっ!!」
渾身の一撃をその幹に叩き込む。
ズズズズズズズ……。
〈なんかゆっくり木がズレてってないか!?〉
〈た、倒れるううううう!〉
〈根元の方、奇麗に切断されてるじゃん〉
〈あそこにニシダがいるぞ〉
〈まさかニシダがやった?〉
〈他におらんやろ〉
〈ニシダ、木こりになる〉
〈斧じゃなくて包丁やが〉
〈あれを包丁で斬るとかマジ?〉
エンシェントトレントが盛大に倒れていく中、俺は先へと急いだ。
「む? ~~~~っ!?」
突然、脚に違和感を覚えたかと思うと、凄まじい力で引っ張られてしまう。
「これは……糸?」
脚に巻き付いていたのは糸だ。
ただし肉眼ではほとんど見えない。
恐ろしいステルス性を備えた糸である。
しかも一度捕らえた獲物を簡単には離さない強靭さも兼ね備えているようで、並みの武器では斬ることもできないだろう。
ザンッ!
まぁ俺の包丁なら余裕で切断できるが。
「本体は……あそこだな」
糸の主も高度な隠密能力を有していたようだが、俺の索敵の網から逃れることはできない。
「隠れても無駄だぞ」
「ッ!?」
こちらを振り返ったのは、若い女性……の上半身を有した巨大な蜘蛛、アラクネクイーンだった。
空中に浮遊しているように見えるが、実際には透明な糸で築かれた巣の中にいるのだろう。
高い知能と隠密性、それに高性能な糸を持つ魔物で、その危険度はクイーンタラントラを遥かに凌駕する。
本来なら同じ深層でも、地下40階あたりのもっと深いところに出現するはずの魔物だった。
「そういや、女王蜘蛛の糸腺を手に入れてこいって課題だったな。こいつでも大丈夫か分からんが、ついでに貰っていくか」
張り巡らされた目に見えない糸に注意しつつ、俺はアラクネクイーンに近づいていく。
知能が高いゆえに俺との力の差を理解したのか、アラクネクイーンは滝のように糸を噴出させると、それで自らの身を護り始めた。
俺はその糸の防御壁ごとアラクネクイーンを両断する。
「アアアアアアアアアアアアッ!?」
女性姿の上半身が断末魔の絶叫を轟かせた。
「あったぞ。これだ」
真っ二つになった蜘蛛の身体の中から、大きな袋状の物体を発見する。
これが女王蜘蛛の糸腺だ。
ちなみに糸腺というのは蜘蛛が糸を作り出すための器官のことで、この中には糸の元となる液体が入っている。
〈ニシダいたぞ〉
〈もうドローンがぜんぜん追いついてねぇ〉
〈なんか倒してない?〉
〈クイーンタラントラか?〉
〈えっ、あそこ、人っぽくね?〉
〈いや、魔物の一部だろ〉
〈アラクネ?〉
〈自動モザイク入ったぞ〉
〈じゃあマジで人だったってこと……?〉
〈人に似た姿の魔物でもモザイク入るで〉
「ちょっと寄り道してしまったな。まぁ放置してたら何度も糸を飛ばして妨害してきただろうし仕方ない」
俺はすぐに軌道修正して階段を目指す。
「この辺りだと思うんだが……お、あったあった」
まるで隕石でも落ちたかのように、そこだけ樹木が消失してぽっかりと開いた円形の空間。
そこに大きな穴があって、下階へと続く階段が設置されていた。
〈もう階段見つけたんか〉
〈早すぎて草〉
〈東京都ぐらいの広さあるんじゃなかったっけ?〉
〈ドローンが追いつけないのがニシダだから〉
〈時速200キロ以上あるってことだよな。そりゃ東京なんて一瞬で走り切れる〉
〈覚醒者が現れてからスポーツが衰退するわけだ〉
〈覚醒者同士でも差があり過ぎてスポーツできないもんなぁ〉
階段を下りていくと、そこは再び大森林。
ただし先ほどまでと僅かに植生が違う印象だ。
「南国系の森だな。あそこにフルーツっぽい実がなってるし」
巨大なバナナだ。
「シャアアアアアアアアッ!!」
「っと」
近づいていくと、房が開いて中から巨大な牙が襲い掛かってきた。
「やはり魔物か」
枝から切り離してやるとあっさり大人しくなる。
「どれ、一本味見してみるか。……美味い! こいつは食材として利用できそうだぞ」
〈バナナ料理かー〉
〈定食屋でどう使うんだろ?〉
〈平和な光景〉
〈束の間の休息〉
〈おぉーい、ニシダぁー、大事なこと忘れてないかぁー?〉
〈ほんそれ〉
「って、こんなことしている場合じゃなかった。急がないと」
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