第30話 高額な壺を買わされるって話だぞ
最後の一人は集合時間から十分ほど遅れて到着した。
「ふあああ、ごめんねぇ。昨日、信者の子をお持ち帰りして、朝まで楽しんでたら寝坊しちゃったんだぁ」
大学生くらいの女性である。
眠そうに欠伸を噛み殺し、髪もボサボサで化粧もしていないが、それでも美人だと分かるほど端整な顔立ちをしていた。
「あの女って……確か、新興宗教の本願良子じゃ」
「聖女とか言われてる?」
「そうだ。間違いない。まぁ変態らしいけどな。なんでも信者になればヤらせてもらえる、とか。お陰で男性信者がめちゃくちゃ増えてるらしい」
「マジか。……俺も信者になろうかな?」
「やめとけ。高額な壺を買わされるって話だぞ」
全員が集まったことで、管理庁の職員が今度こそ宣言する。
「それではこれより、Sランク探索者への昇格試験を行いたいと思います」
そして試験の詳細を説明してくれた。
試験はここ井の頭ダンジョンで行われる。
井の頭ダンジョンは地下30階まで存在するクラス6の高難度ダンジョンで、5階までの上層、10階までの中層、20階までの下層、そして30階までの深層という構造をしている。
「皆様の目標は、その26階以降に出現するとされている蜘蛛の魔物、クイーンタラントラを討伐し、『女王蜘蛛の糸腺』を入手することです。ただし共闘は禁止。途中の探索も必ずソロで行っていただきます。無論、自ら討伐する以外の方法で同素材を入手しても、試験合格とはなりません。なぜなら、これはSランク探索者としての最低限の条件である『深層をソロ探索できる強さ』を確かめるための試験ですので」
不正を行えないよう、試験の様子は一人につき一台ずつのドローンカメラによって監視されるという。
「普段、パーティなどで後衛をしている人間でもソロで討伐する必要があるのか? いや、僕はそうじゃないけれど、少し気になったので」
「もちろんです。Sランクともなれば、ソロでも最低限の実力が求められますから」
受験者の質問に、職員は当然のように告げた。
「なお、入手して持ち帰ったとしても、必ず合格というわけではありません。試験中の状況を試験官たちが確かめたうえで、最終的な判断がくだされますので」
「なんだって!? くっ、だとしたら、意図的に落とされる可能性もあるということか!? きっと僕のような有名配信者は不利……っ! なんということだ!」
そんなことを言いだしたのは、先ほど俺に受験をやめてほしいと訴えてきた高橋竜牙だ。
職員がきっぱりと否定する。
「いえ、試験官は必ず公平に判断いたします。落ちたときのために言い訳の伏線を張っておかないでください」
「そそそそ、そんなつもりはないし!?」
全員分のドローンが一斉に起動し、あらかじめインプットされていたターゲットのもとへ飛んでいく。
「皆様の状況はこちらのドローンを通じて確認させていただきます」
「はいはい! 質問がある!」
「……何でしょうか?」
手を上げた高橋竜牙に、少し面倒そうに応じる職員。
「僕のこの試験での勇姿を、Xチューブで生配信しても大丈夫だろうか? それなら不当な評価はできなくなるだろうからね!」
「構いませんよ。ただし、他の方は映さないようにしてください」
どうやら試験中に配信をしてもいいらしい。
「そうなのか。だったら俺もやってみようかな」
「っ!? ず、ズルいぞ!? Sランクの昇格試験中に配信をやるというのは、僕が考えたアイデアなのに! パクる気か!」
「パクるもなにも、誰でも思いつくやつだと思うが……」
説明が終わり、いよいよ試験がスタートする。
同時に全員が出発すると混み合うということで、五人ずつ四回に分けてダンジョンに入ることになった。
運よく俺はその一番目のグループだった。
「くそっ、僕は二番目だ! 先を越されてしまった!」
頭を抱える高橋竜牙を余所にダンジョン内に足を踏み入れると、各々が好きなルートへと進んでいく。
そこで俺は自前のドローンを起動し、配信をスタートさせた。
「えー、突然ですが、配信をすることにしました」
何の告知もしていなかったが、あっという間に視聴者数が増えていく。
〈ゲリラ配信キタアアアアアアアアッ!〉
〈どんな内容だろ〉
〈ちょうど有給取ってた俺もってる〉
「色々あって、Sランクの昇格試験を受けることになりました。なのでいつもとは違う井の頭ダンジョンに来ています」
〈Sランクの昇格試験!?〉
〈ニシダFランクじゃなかったのか!?〉
〈てか、それ配信していいやつなんや〉
「はい。管理庁の許可は貰ってます。というか、元から別に禁止してないようです。やろうとする人があまりいなかっただけで」
〈そういやドラゴンチャンネルでも告知されてたっけ〉
〈俺そっち見ようとしてた〉
〈こっちで見れるならこっち見るよな〉
……少し視聴者を奪う形になってしまったかもしれない。
俺は軽く試験内容を説明しつつ、
「もちろん、いつものように転移トラップを利用するつもりです」
地下26階の深層まで到達しようとしたら、普通に二、三日はかかってしまうのだが、そんなにお店の定休日を増やしたくないからな。
必要素材を入手して地上に戻った人から順番に試験は終了となるので、できれば一日で終わらせてしまいたかった。
「お、あったぞ」
地下1階を探索すること20分ほどで転移トラップが見つかった。
幸先のいいスタートである。
〈もう見つけたじゃん〉
〈相変わらず早すぎだろ。地下1階なんて滅多に転移トラップねぇのに〉
〈ニシダを真似て結構な探索者がチャレンジしたらしいけど、マジで全然見つからなくて普通に階段目指した方が早いそうだ〉
ドローンを忘れずに捕獲してから、転移トラップを踏む。
「ここは……地下6階から7階ってところか」
中層へと到達できたようだ。
〈しかもやってみても何階分も飛べないとか〉
〈らしいな。頑張って魔力を込めても、せいぜい一、二階分くらいだって〉
〈何でニシダはこんなに一気に下階に行けるんだ?〉
「さて、どんどん転移していこう」
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