第25話 マネージャーの嗜みですから

 下層のダンジョンボスを倒した報酬として、スキルの書を手に入れた。

 俺はすでに習得しているスキルだったので、金本美久に譲ろうとしたのだが、


「売れば高級車を余裕で買える値段になるかと」

「え、そんなにするのか?」

「そんなの絶対もらえませんよ!」

「うーん、けどこういうの、売った先でどんなやつが使うか分からないからなぁ。それなら知ってる人に使ってもらった方がいいと思うんだ」


〈なるへそ〉

〈確かに〉

〈ニシダの言い分も一理ある〉

〈変態が隠密を習得したらヤバ過ぎるからなw〉

〈変態ならいくらでも出すだろうし〉

〈その点、美久ちゃんなら安心〉


「まぁコラボの記念だと思ってくれたらいい。俺は他のやつを貰うから」


 残る二つの宝箱も開けてみる。


 一つはハイポーションだった。

 そしてもう一つは、漆黒の金属塊。


「アダマンタイトか」

「あのダイヤモンドの何倍もの硬さがあるっていう!?」


〈さすが下層ボスの討伐報酬やで……〉

〈ハイポーションの相場が70万くらいだっけ?〉

〈アダマンタイトはあのくらいのサイズなら200万はするはず〉

〈詳しいやつ多いな〉

〈この配信、トップレベルの探索者も見てるだろうからな〉


「俺はこれで十分だから」

「……分かりました。でも、使ってみてスキルが発現しなかったらお返しします!」

「ああ、そうしてくれ。その前に加賀さんが試してくれていいし」

「わたくしはすでに取得済みです」

「そうなのか」

「マネージャーの嗜みですから」


 マネージャーの嗜み?

 よく分からないが、きっと人気アイドルのマネージャーには隠密を使わなければならない場面があるのだろう。


「後は転移ポータルで帰還するだけなので、今日の配信はこの辺で終わろうかと思います」

「ケンさん、今日は凄く貴重な経験をさせていただいて、ありがとうございました!」

「こちらもトップアイドルとコラボができて、希少な経験ができた」


〈お疲れ様ー〉

〈ありがとー〉

〈気を付けて帰ってねー〉

〈伝説のコラボ配信だったよー〉

〈色んな意味で伝説だ〉

〈衝撃的なことがあり過ぎて、もはや前半で何があったか思い出せねぇ〉

〈それな〉

〈キングデスクラブをボコってたのが遠い昔のように思える〉

〈あれを超える衝撃が怒涛のように襲い掛かってきたからな〉

〈同接は最高20万いってたぞ〉

〈国内はもちろん、世界でもトレンド入りしとる〉

〈世界のニシダになってしまったか……〉


「というわけで、またどこかでお会いしましょう」

「みんなも見てくれてありがとう! またね! チャンネル登録、よろしくね!」


 最後に視聴者へ挨拶して、配信を終了させる。

 それから転移ポータルを使い、一気に地上へと戻った。


「ん? 何だ? 随分と人が多いな」

「そうですね……?」


 予想外の人だかりに首を傾げていると、大歓声があがった。


「「「おおおおおおおおおおおっ!」」」

「帰ってきたぞ!」

「本物だ!」

「生で初めて見れた!」

「配信お疲れ!」


 どうやら立飛ダンジョンで配信をしていると知って、わざわざ駆けつけてくれたファンがいるようだ。

 しかも一般人には立ち入りが禁止されているダンジョン入り口のあるエリアなので、彼らは皆、探索者たちなのだろう。管理庁の職員もいるかもしれないだが。


「大変だな、アイドルも」

「ええと……私のファンだけじゃなさそうですけど」

「え? 何を言って」


 そんなわけないだろと眉根を寄せていると、


「ケンさん! 配信見てましたよ!」

「俺も俺も!」

「Sランカーを圧倒するとか、凄すぎです!」

「ファンになりました!」

「お店にも行きます!」

「金本美久もいるぞ!」

「美久ちゃんこっち向いて!」


 俺のファンがいる!?

 むしろ金本美久のファンよりも多いような……。


「サインくれ!」

「握手してくれ!」

「ダンジョン出入り口での待ち伏せ行為はマナー違反です! お下がりください! 万一こちらの指示に従われなかった場合、資格の剝奪もあり得ますのでお気を付けください!」


 何人かがこちらに近づいてこようとしたが、それを管理庁の職員たちが制してくれた。

 さらに職員の一人が声をかけてくる。


「西田賢一さんですね?」

「あ、はい」

「迷宮管理庁、多摩地方局の須藤と申します。この度は立飛ダンジョンの攻略、おめでとうございます。実は管理庁では、ダンジョン攻略者の方から攻略までの詳細を伺うことになっていまして。お手数ですが、少しお時間をいただいても?」

「構いませんが」


 そういえば探索者登録をした際、長々と書かれた契約事項に目を通してサインしたのだが、そこにそんなようなことが書かれてあった気がする。


「お二人もよろしいですか?」

「は、はい」

「分かりました。ただ、我々はほとんど何もしておりませんよ?」

「承知しております。なにせ私どもも配信を見ておりましたから。なのでそんなにお時間を取らせることはないと思いますよ。あくまで形式上のものと思っていただければ」


 どうやら職員たちも配信を視聴していたらしい。


「……仕事中では?」

「はは、ダンジョンの管理業務を担う我々にとって、ダンジョン内の生の様子を見せてくれるダンジョン配信は非常にありがたい存在なのですよ。ですので、有名な配信者さんの配信ですと、仕事中でも視聴することがよくあります。当然、今日のケンちゃんネルは最初から拝見させていただきました。ちょうど我々多摩地方局が管理している立飛ダンジョンでの配信ですしね」


 そうか、彼らにとってはそれも仕事のうちなのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る