第19話 未だかつてこんな悲しい倒され方したボスがいただろうか

 ボス部屋は新宿御苑並みの広さで、砂浜と岩場、そして浅瀬で構成されていた。

 ちょうどその波打ち際に佇んでいたのは、全長20メートルはあろうかという、巨大なカニの魔物である。


「立飛ダンジョンのボスはキングデスクラブ……美味しいカニ料理が期待できますよ」


〈下層のボスが食材扱いで草〉

〈言われると美味しそうに見えてきた〉

〈本来めちゃくちゃ凶悪なボスなのになwww〉

〈あのサイズなら可食部もとんでもない量だろうな〉

〈美久ちゃんがカニ料理食べてるとこ見たい!〉


「お、大きい……」

「これが下層のボスですか……さすがに中層のボスとは威圧感が段違いですね……」


 ボスの巨大さに圧倒されている二人の周辺に、俺は結界魔法を展開させた。


「これは……?」

「結界だ。万一ボスの攻撃が飛んできても身を守ってくれる。まぁ、その前に倒すけどな」


 俺は二人をその場に残し、キングデスクラブに近づいていく。


「ッ! ブルウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」


 こちらに気づいたようで、独特な雄叫びを轟かせた。


「えー、せっかくなので、戦いながらキングデスクラブの調理方法について説明したいと思います」


 過去に一度、別のダンジョンで遭遇して討伐したことのある魔物なので、どうにかそのときの記憶を思い出しながら説明を試みる。

 もちろんそのときに食べたこともあって、その圧倒的な美味さを知っている。


〈やはり食材〉

〈説明されても真似できんやろ〉

〈3分間クッキングの時間です〉

〈外殻めちゃくちゃ堅そうだけど、どうするんだ?〉

〈ニシダのことだから物理でごり押ししそう〉


 キングデスクラブが口から水鉄砲を吐き出してくる。

 避けると近くの岩場に直撃し、岩の一部を抉り取ってしまった。


「あの水鉄砲は喰らうと痛いので躱します。それほど速くないので避けるのは簡単ですが、発射する前に口のあたりをもごもごさせるモーションがあるので、それを参考にしてもいいと思います」


〈痛いなんてレベルかよw〉

〈どう考えても速すぎで草〉

〈水鉄砲なんてかわいらしいものじゃねぇ〉

〈鉄砲水じゃん〉

〈水の位置が違うだけで威力がだいぶ変わるよな〉


 水鉄砲を避けながら近づいていくと、今度は口から泡を吐き出してきた。


「この泡は触れると内側に閉じ込められてしまう特殊な泡です。なるべく当たらないようにするのがベストですが……」


 わざとそのうちの一つに触れてみると、まるで吸い込まれるように一瞬で泡の中へ。


「こんなふうに閉じ込められてしまっても、強めの衝撃を与えてやると破壊できます」


 パンッ!!


 俺が軽く蹴りを入れると破裂した。


〈どう考えても強めじゃない〉

〈※よい子は真似しないでください〉

〈マジで子供が真似したらどうするんだよ、ニシダ〉

〈変なクレームつけんなって〉

〈神オヂと子供作りたい〉

〈またヤバいやつおるな〉


「さて、こんな感じで上手く接近できれば後は簡単です。鋏で攻撃してきますが、動作が大振りなので見ての通り余裕で躱せます」


 ジャギイイインッという金属質な音と共に、巨大な鋏が近くの砂を抉った。


〈いや速すぎ〉

〈トラックが時速100キロで突っ込んでくる感じだったんだが〉

〈ぜんぜん大振りじゃなくて草〉

〈俺だったら胴体真っ二つになってるよ……ガクブル〉


「あとは柔らかい関節を狙って斬り落としていきます」

「~~~~~~~~ッ!?」


 ボスの脚の関節を包丁で順番に切断していくと、巨体が盛大に倒れて砂にめり込む。


〈根こそぎ足を奪われた……〉

〈容赦なさ過ぎる〉

〈かわいそうなカニさん〉

〈もう少しこう何というか、手心というか〉

〈てか、あの包丁なんなん? 刃毀れ一つしてないんだが〉

〈包丁の素材が気になる〉


「こいつをひっくり返して、と」


 ドオオオオオオオンッ!!


 甲羅を蹴り上げると、ボスが裏向けになった。


〈蹴り強すぎて笑う〉

〈甲羅の部分だけとはいえ、相当な重量があるはずだぞ〉

〈本当に下層のボスだよな……?〉

〈うちのパーティが命懸けで倒したボスが……こんなに簡単に……〉

〈この配信、下層に挑むような探索者も見てるのか〉


「そしてこの裏側のふんどし部分を取り除きます」


 カニの腹側には、三角形のふんどしと呼ばれる部位が存在している。

 その繋ぎ目を斬り裂いてから、


「じゃあ、剥ぎ取りますね。ここはそんなに力は要りません」


 メリメリメリメリメリッ!!


〈ひいいいいいいいいいっ!〉

〈どう考えても力要るやつ〉

〈痛そう〉

〈お前らもカニ食うときやっとるやろ〉

〈音量が違い過ぎるって〉


「それから甲羅を外します。重たいので割と力が要りますね。おっ、美味しそうなカニ味噌がたっぷり入ってますね。最後にエラを取り除けば、調理の下処理は終わりです」


 パンパカパンパカパーンッ♪


〈何の音?〉

〈急に軽快なメロディーで草〉


 どこからともなく盛大なファンファーレが響き渡った。

 実はこれ、ダンジョンを攻略したときに発生する演出の一つだ。


 ダンジョン内のみならず、ダンジョン周辺にまで聞こえるため、誰かがダンジョンを攻略したことが知れ渡ることになる。


「下処理中のどこかでボスが絶命したようです」


〈ダンジョンがクリアされる瞬間初めて見た〉

〈ちょっと感動〉

〈いや感動できんやろw〉

〈ボスの威厳もへったくれもなかったな〉

〈未だかつてこんな悲しい倒され方したボスがいただろうか〉


 なお、ダンジョンの入り口近くには碑文のようなものが設置されていて、ダンジョンが攻略されるたびに星印が刻まれていく。

 今回の攻略で、六個目の星が出現したはずだった。

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