第17話 空気を読めない男
「あのー、ケンさん?」
「どうした?」
「私も衝撃なんですけど……さっきの話、本当ですか?」
ダンジョン入り口から地下1階へと続く階段を下りながら、金本美久が訊いてくる。
「ああ、本当だ」
「地下53階って、正直まったくピンとこないんですけど……どんなところなんですか?」
「そうだなぁ……ダンジョンはより深く潜れば潜るほど、一つの階の広さが増していくのは知っているよな?」
「はい。地下1階だとせいぜい東京ドーム数個分くらいの広さですけど、地下10階になると千代田区くらいの広さになって、地下20階だと23区が丸々収まるくらい、地下30階だと東京都に匹敵する広さがあるって聞いたことがあります」
「だいたいそんな感じだな。で、地下40階だと関東ぐらい、地下50階だと日本がすっぽり入るくらいになる。無論、推定でしかないけどな」
〈広すぎで草〉
〈隅々まで探索するの無理だろ〉
〈ちな日本の国土面積は約38万平方キロメートル〉
〈僅か一階でその広さとか、ダンジョンやばい〉
「で、床から天井までの高さも壁から壁の距離も、そのスケールにだいたい比例したものになる。つまり、上の方のような通路なんてものはほぼなくて、見渡す限りの巨大な空間が広がってるイメージだな。砂漠の真ん中とか、海の真ん中にほっぽり出されたような感じだ」
〈メンタルおかしくなりそう〉
〈怖すぎて草〉
〈これめちゃくちゃ貴重な話してないか?〉
〈冥層の情報なんてほとんど聞けないぞ〉
〈事実ならすごい〉
〈事実ならだけど〉
「な、なんだか想像ができないレベルのスケールですねっ!?」
「ああ。冥層の地下51階に到達して、そこから次の階段を見つけるまでだいたい半月くらいかかったからなぁ」
「半月!?」
「そりゃ大学も留年しそうになるよな」
〈むしろ留年しなかった方がすごい〉
〈おい、同接数が信じられんくらい増えてってるぞ〉
〈海外でめちゃくちゃ拡散されてるらしい〉
〈今は自動AI翻訳があるからな〉
〈海外勢からも嘘つき呼ばわりされてるけどw〉
「どんな魔物がいるんですか?」
「とにかくどいつもこいつもデカいな。全長30メートル以下なら小さいと思うレベルだし」
「そ、そんなのどうやって倒すんですか!?」
「基本、倒さない。まぁ倒せなくもないけど、耐久度が高すぎていちいち相手していたら時間がいくらあっても足りないからな。幸いこっちから攻撃しなければ、向こうから襲ってくることはほぼないんだ。やつらからしたら人間なんて虫けらみたいな存在だから、眼中にないんだろう」
〈冥層まで到達した探索者の噂はあるけど、どれも噂レベルなんよな〉
〈ダンジョンの情報は各国が挙って欲しがってる。冥層の情報なんてほぼ国家機密扱いだ〉
〈仮に到達者がいても表には出ないってことか〉
〈ここにべらべら喋ってる配信者がいますけど〉
〈だから何で信じるやついるんだよw〉
流れてきたコメントがチラッと見えて、俺は少し焦った。
「あれ? もしかしてあまり言っちゃいけないやつだった?」
「え、そうなんですかっ?」
「……今頃、管理庁が大慌てしている可能性はありますね」
配信が始まってから初めて、マネージャーの加賀麗華が言葉を発した。
あくまでマネージャーなので、配信を邪魔しないようにしていたのだろう。
「す、すいません、私が色々と訊いちゃったから……」
「ええと……今の、忘れてください」
〈無理だろw〉
〈この反応が逆にマジっぽいぞ〉
〈まぁ仮に本当だったとして、誰も確かめようがないだろうし〉
〈嘘吐いてごめんなさいすれば?〉
「もし管理庁に怒られたら一緒に謝ります!」
「いやいや、俺が迂闊だっただけだ」
「口止めされていたのでなければ大丈夫でしょう。それにコメントにもある通り、視聴者が真相を知るすべなどありませんから」
〈それな〉
〈俺は忘れたぞー〉
〈管理庁もまさか、こんなおっさんが国家機密持ってるなんて思わんやろ〉
〈いえーい、管理庁の人たち見てるー? ニシダの価値理解したー?〉
そうこうしているうちに転移トラップを発見する。
〈相変わらず発見までが早すぎ〉
〈地下1階に転移トラップなんて滅多にないはずなんやが〉
〈幸運のニシダ〉
〈宝くじ買ってみてほしい〉
「いつもの方法で中層までひとっ飛びするわけですね!」
「ああ。魔力を注ぎ込んで、と。トラップの範囲は半径2メートルだから、なるべく近づいてくれ」
〈近こう寄れ〉
〈アイドルと美人マネージャーを合法的に傍に近づける方法〉
〈その手があったか〉
〈裏山〉
〈策士ニシダ〉
転移トラップを発動させ、中層へ。
「さて、これをもう一度やって下層に行きますね」
その後、再び転移トラップを発見し、一気に地下14階まで飛ぶことができた。
「ここが下層……確かに、魔力濃度が高い感じがします。ちょっと息苦しいというか」
「そうだな。慣れるまで少し気持ちが悪いかもしれない」
ちなみにここ地下14階は、先日の配信で潜った地下13階と同じく、木々が生い茂っているのが特徴である。
「あ、早速、魔物がいましたね」
樹木の影から一体の魔物が姿を現す。
「テンタクルキャタピラーだな。触手で敵を拘束し、捕食する狂暴な魔物だ」
それは全長5メートルほどの芋虫の魔物で、牙の並んだ筒状の口を持ち、全身からは無数の触手をうねうねさせている。
「き、気持ち悪い……」
苦手なのか、顔をしかめる金本美久。
〈美久ちゃんがあの触手に……ハァハァ〉
〈麗華さんも餌食に……ハァハァ〉
〈オヂも……ハァハァ〉
〈エロ漫画の見すぎだろ変態ども(触手さん頑張れ!)〉
〈放送事故やでぇ!(歓喜)〉
〈お前らいい加減にしろ(全裸待機中)〉
触手を伸ばしてこようとしたが、次の瞬間、巨体が真っ二つに割れた。
「さて、先を急ぐか」
〈まぁそうなるよね〉
〈知ってた〉
〈我らの触手さんが……〉
〈空気を読めない男、ニシダ〉
〈そこにシビれる! あこがれるゥ!〉
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