第15話 わたくしの目が黒いうちは

「ケンちゃんネルからコラボについての返事がきました」

「えっ、どんな感じだった!?」

「ぜひお願いしますとのことです」

「ほんとに!? やったあっ!」


 専属マネージャーである加賀麗華からの報告を受けて、金本美久は素直に喜びを露わにする。


「そうですね。彼の存在はネットのみならずテレビなどでも話題になっていますし、海外からも注目されています。ここでコラボができれば、うちにとって非常に大きいかと」


 麗華の言う通り、突如として現れた強すぎるおじさん探索者の話題性は、アイドルである美久のそれを大きく上回るほどだった。

 つい先日の二回目のダンジョン配信は、すでに総再生回数が200万を超えていて、日本語以外の言語でのコメントも少なくない。


「お店も大人気店になっちゃって、忙しいから難しいかなって思ってたのに」


 実は一度、お忍びでお店に行ってみたのだ。


 広い店内は人でいっぱいで、店の前にも大行列ができているほどだった。

 さすがに声をかけたりするのは悪いだろうと思っていたが、そもそも厨房の奥にその姿が見えるだけで、会話するどころではなかった。


「10人くらいいるように見えたけど……いつ料理が運ばれてきたのかも分からなかったし……。でも、本当に美味しかったよね、ハンバーグ。今まで食べてきた中で断トツで一番美味しかった」

「ええ、悔しいことに」

「悔しい?」


 麗華の言葉に首を傾げつつ、美久は少し浮かない顔で、


「でも、命を救ってもらった上に、ケンさんの人気にまであやかろうなんて、ちょっと虫が良すぎる気が……」

「そんなことを気にしていてはトップアイドルになれませんよ。利用できるものはすべて利用する。それくらいの覚悟が必要です」

「う……そ、そうだね。ケンさんには悪いけど、力を貸してもらおう!」


 気持ちを切り替えて、決意を示すように拳を握り締める美久。

 一方、そんなアイドルを見つめながら、麗華は密かに微妙な葛藤を抱いていた。


「(本来なら美久を怪しい中年男に近づけるなんて絶対したくないですが……今回ばかりは仕方ありませんね。アイドル〝金本美久〟をさらにブレイクさせるために必要なことですから)」


 ところで麗華はBランク探索者であり、マネージャーをやる前は連日のようにダンジョンに挑戦していた。

 リスクと隣り合わせではあったものの、今よりも遥かに稼いでいたほどだ。


 そんな彼女が、なぜアイドルの担当になったのか。

 その理由は他でもない。


「(ああ、それにしても美久たんかわいいどう考えても世界一かわいい美久たんかわいい美久たんかわいい美久たんかわいいぺろぺろしたいハァハァ)」


 ……重度の変態だからある。


 元よりアイドル好きだった彼女は、たまたま見ていた芸能事務所のHPで、探索者経験のあるマネージャーを募集していることを知ったのだ。


『金本美久の専属マネージャー? 金本美久って、あの鳳凰山38の四期生の!? なるうううううううううううっ! マネージャーになって、美久たんに触りたい匂いを嗅ぎたい視姦したいいいいいいいいいいいいいいいいっ!』


 即断だった。

 その日のうちにパーティ脱退を宣言すると、所属していた探索者事務所も辞め、芸能事務所に履歴書を送ったのだ。


 もちろん無類のアイドル好きでかわいい女の子が好きでよく卑猥な妄想を楽しんでいるなどという素振りは、採用試験のときに微塵も出さなかった。


「(このわたくしの目が黒いうちは、美久に男を近づけはしません。幸い今はアイドル活動にコミットしているお陰か、四六時中、美久を見守っていても男の影はまったくありませんが、いつ何時、変な男が手を出してくるとは限りませんからね。マネージャーとしてあらゆる脅威から美久を守らなければ……)」


 まさかマネージャーがストーカー気質の変態だとは露知らず、


「じゃあ、日程調整とかよろしくお願いします! ケンさんお忙しいだろうし、上手く日程が合うといいなぁ」

「頑張ってみます」


 全面的な信頼を寄せてしまっている美久だった。



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