第8話 まだ駆け出しなんで

 アイドル少女から詳しい説明を聞き終えると、マネージャーの女性が深々と頭を下げてきた。


「助けていただき、本当にありがとうございます。わたくしは美久のマネージャーをしている加賀麗華と申します」

「俺は西田……じゃない、ケンって呼んでくれ」


〈これはニシダ確定〉

〈もはや言い直す意味なし〉

〈ニシダさんね〉

〈ニシダケンさんかな?〉

〈これからはニシダって呼ぶことにするぜ〉


「しかし中層に下層の魔物が現れるなんて、穏やかではないな」

「はい、何らかのイレギュラーが発生しているのかもしれません。美久の探索者ランクはD、わたくしはBで、本来なら安全に中層を探索できるはずなのですが、この状況では……」

「ああ、すぐに地上に戻った方がいい」

「……助けていただいた上に不躾なお願いかと思いますが、よろしければ地上まで同行いただけないでしょうか?」

「わ、私からもお願いしますっ! ケンさんがいればすごく心強いですしっ……」


〈だが断る〉

〈いや断らんだろ〉

〈美女と美少女に頼まれて断るやつおらん〉

〈だがそこはニシダ。俺たちの予想を超えていく〉

〈俺だったら鼻の下伸ばすの隠し切れんな〉


 当然この状況で二人を放っておくわけにはいかない。


「もちろん構わない。また下層の魔物と遭遇するかもしれないからな」


 俺はドローンに向かって告げる。


「えー、そんなわけで、ここで引き返すことにします。下層には行けませんでしたけど、元々ハイオークとミノタウロスを討伐するところをお見せするのが目的でしたし、そこは達成できたのでいいかなと」


〈確かに目的果たしてる〉

〈幸運の持ち主〉

〈いいものを見せてもらったよ〉

〈ガチでした。疑ってすまん〉

〈いやこんなんで信じんなよwww フェイク動画乙www〉

〈フェイクで実在するアイドル出せんだろ〉

〈マジそれ。ディープフェイクで動画自体は作れるかもしれんが、バレたら賠償やば過ぎるって〉

〈てか、気づいたら視聴者数3万超えしてね?〉

〈美久チャンネルから来てるのかも〉

〈はい。あっちの配信から来ました〉

〈ガチ確定〉


「って、なんかコメントがめちゃくちゃ大量にきてる!?」


 色々あって久しぶりに配信画面を確認してみると、信じられない速度でコメントが流れていた。

 よく見ると視聴者数もとんでもないことになっている。


〈いま気付いたんかい〉

〈いえーい、おっさん見てるー?〉

〈あちこちで拡散されてるからもっと増えるはず〉

〈美久ちゃんを助けてくれてありがとー〉

〈加賀さんの命を救ってくれてマジ感謝〉

〈ニシダさんのファンになりました〉

〈投げ銭したいのにできない!〉


「あはは、うちのファンがお邪魔しちゃってるみたいです」


 画面を覗き込んできた金本美久が苦笑する。


〈美久ちゃんとおっさんのツーショット!〉

〈お似合い〉

〈付き合っちゃえよ〉

〈おっさんどうせ独身だろ?〉


「ちょっ……へ、変なコメントはやめてくださいっ」


〈歳の差あり過ぎるって〉

〈親子じゃん〉

〈おっさんが手出したらさすがに引く〉

〈夢見んなよー〉


「ね、年齢とか、私は別にそんなに気にしないっていうか……」


〈え、まさかの脈あり?〉

〈これは……〉

〈う、嘘だろ、美久ちゃん……〉

〈そりゃ命を救ってもらった恩人だからなぁ〉


 なんかコメント欄が段々とおかしな方向になってきた。


「あー、とりあえず配信はこれで終了とします。今日狩ったハイオークとミノタウロスは明日からお店で提供する予定です。詳しくはYを確認してください。ではこれで」


〈絶対行く!〉

〈魔物肉食ったことないけど美味しいらしいぞ〉

〈食べたい〉

〈お疲れ様でした〉

〈次回が楽しみ〉

〈バイバーイ〉


 俺は配信を終わらせた。

 終了後はコメント欄が閉鎖される設定にしているので、新たなコメントの投稿はできないはずだ。


「悪いな。元々変な感じでSNSバズってしまって始めた配信だから、民度があんまり高くないみたいで」

「い、いえ、私の方こそ、勝手にケンさんの視聴者さんと言い合っちゃって……」

「美久、こっちの配信も終了しておきましょう」


 加賀麗華に指摘され、金本美久がハッとする。


「ええと、今回はイレギュラーもあったので、ここで配信終了とさせてもらうね! ご視聴ありがとうございました!」


 それから俺たちは連れ立って地上を目指した。

 地上に戻るときに転移トラップ法は使えないので、地道に階段を上っていくしかない。


「ブヒイイイイイッ!」

「またハイオークか。やっぱり同行してよかったな」


 道中、やはり何度か下層の魔物に遭遇してしまった。

 例のごとく瞬殺していくが、中層の探索者たちにとっては悪夢のような状況だろう。


「ミノタウロスとかハイオークを、こうも簡単に倒しちゃうなんて……」

「恐らくAランク探索者でも難しい芸当かと」

「やっぱり名の知れた探索者さんかも」

「それならすぐに分かるはずですが……ご年齢的にはダンジョン草創期からの探索者かもしれません」


 俺は無名の新人探索者ですよ。

 まぁ草創期にダンジョンに潜っていたことは事実だが、20年近いブランクがあるからな。


 やがて無事に地上に帰還すると、管理庁の職員たちが歓喜の声を上げた。


「帰還者だ! 三人いる!」

「よかった、これで潜っていた探索者たちが全員戻ってきたことになるな」


 どうやら他の探索者たちはいち早くイレギュラーを察し、帰ってきたようだ。

 中層での出来事をヒアリングされたので、包み隠さず伝えた。


「中層でハイオークやミノタウロスに遭遇した……? よく戻ってこれましたね……。Bランクならともかく、DランクやFランクでは逃げることすら難しい相手ですよ? って、なぜFランクで中層に!? 上層までしか探索してはいけないって忠告されてるはずですよね!?」


 前回潜ったときにはいなかった職員さんだったこともあって、大声で怒鳴られてしまった。


「「Fランク?」」


 一方、首を傾げる金本美久&加賀麗華。


「あ、俺のことだな。まだ駆け出しなんで」

「「はい?」」

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