第7話 ムードの欠片もない

 ハイオークから助けた少女が、涙ながらに懇願してくる。


「マネージャーをっ……マネージャーを助けてくださいっ!」


 どうやら彼女はソロで探索していたわけではないらしい。

 俺はすぐに頷いた。


「どっちだ?」

「あっちです……っ!」

「済まないが緊急事態だ。運ばせてもらう」

「へ?」


 俺は少女を抱え上げた。

 この場所に放置していくわけにもいかないし、かといってまだ腰が抜けている状態では後をついてくることもできないだろう。


 おっさんが初対面の十代の若い少女の身体に触れるなんて、それだけで通報モノかもしれないが、今は一刻を争う状況なので仕方がない。

 一応、背中のあたりに手をやって片腕で持ち上げている形なので、触れている面積は最低限のはずだ。


〈何この持ち方〉

〈ムードの欠片もない〉

〈斬新すぎて草〉

〈てっきりお姫様抱っこかと〉

〈これが後の気円〇抱っこである〉


「行くぞ」

「えええええええええええっ!?」


 少女の絶叫を余所に全力で疾走する。

 すぐに前方にそれらしき光景が見えてきた。


「ミノタウロスか。また下層の魔物だな」


 牛頭人身の巨漢を発見する。

 その足元には女性の姿があった。


〈うわ、殺されてる?〉

〈間に合わなかったか〉

〈まだ分からんだろ〉

〈ああ、でも、ミノタウロスがガンガン踏みつけてる!〉

〈あんなのに踏まれてたらもう死んでるだろ……〉


 俺は包丁を振るった。


 まだ距離はあったが、ミノタウロスの首が切断されて宙を舞う。

 少し遅れて残った胴体が盛大に地面へ倒れ込んだ。


〈は?〉

〈今なにした?〉

〈まだ50メートルくらい距離あるよな?〉

〈斬った?〉

〈そんなこと可能なのか?〉


 倒れた女性のもとへと駆け寄り、少女を地面に降ろす。


「麗華さんっ……ああ……」


 少女は絶望したように言葉を失う。


 酷い有様だった。

 手足があらぬ方向に折れ曲がり、胴体もあちこち潰されてしまっている。


 恐らく臓器も圧壊されているだろう。

 血が盛大に吹き出し、地面に水溜まりを作っていた。


「そんな……麗華さん……私のせいで……」


 微かに胸が上下しているのでまだ生きているようだが、このままでは長くは持たない。


〈ああああ……〉

〈これは辛い……〉

〈この人、金本美久の美人マネージャーで知られてる人じゃ……〉

〈マジか〉

〈いま検索したら、めちゃくちゃ美人なんだが……人類の損失すぎて言葉失う……〉


「うん、大丈夫だ。これくらいなら助かるぞ」


 軽く負傷具合を確かめた俺は、確信をもって頷いた。


〈は?〉

〈どう見ても助かるわけねーじゃん〉

〈叶わぬ希望持たせんなよ……〉

〈待て、このおっさんのことだ。マジの可能性あるぞ〉

〈ここまで俺たちの予想を覆しまくってきたわけだしな〉


「ほ、本当ですか!?」

「ああ。これを使う」


 俺が取り出してみせたのはポーションだ。

 しかし並みのポーションではない。


〈ポーションって、あんな怪我でも治せるのか?〉

〈無理だろ。骨折くらいは治るらしいけど、見た感じそんなレベルじゃない〉

〈いや待て。あのポーション、なんか虹色に光ってないか?〉

〈ほんとだ。あんなの見たことないぞ?〉

〈まさか、一本数十万円で取引されるっていう、ハイポーションか!?〉

〈ハイポーションは黄金色のはず〉

〈けど飲ませられないんじゃね?〉


 ポーションは経口摂取が最も効果的であるが、意識を失っている人間に飲ませるのは不可能だ。

 幸いこのポーションであれば、身体に振りかけるだけで十分な効力を発揮する。

 ……かつてダンジョンに潜っていた頃に入手したものだが、取っておいてよかったな。


 瓶のふたを開け、女性に振りかけた。


〈身体が光り輝いてる!?〉

〈なにこの現象。どう考えても普通のポーションじゃねぇ〉

〈ハイポーションでもこんなのないぞ〉

〈ということは、その上?〉

〈深層でしか見つからないっていう、エクスポーション?〉

〈一本数百万円で取引されるっていう幻のやつ!?〉

〈マジで予想を超え続けてくるおっさんで草〉


 気がつけば女性の身体には傷一つなくなっていた。


「な、治った……?」

「言っただろ。そのうち目を覚ますと思う」

「よかった……」


 少女は安堵の息を吐く。

 それから俺の方を向いて、丁寧に頭を下げてきた。


「本当にっ、本当にありがとうございます! あのままだと、二人そろって確実に死んでました……なんとお礼を言ったらいいか……って、まだ名前も名乗ってなかった! 私は金本。金本美久って言います。一応、アイドルやってます」

「俺は西田だ。っと、本名は明かしてないんだった。ええと、俺のことはケンって呼んでくれ」

「わ、分かりました! ケンさんですね! 私のことはぜひ美久って呼んでください!」


〈今ニシダって言った?〉

〈俺もニシダって聞こえたw〉

〈美少女とおっさん〉

〈おっさん裏山〉

〈僕も美久って呼び捨てしたいです〉

〈俺も今からダンジョンでミノタウロス瞬殺してくる!〉


「ところでそのドローン……もしかしてケンさんも配信者なんですか?」

「一応な。まだこれが初回だが」

「えっ、そうなんですか? でも、高ランクの探索者さんが配信をするなんて珍しいですよね?」

「いや、俺は別に高ランクじゃないぞ」

「で、でも、ハイオークやミノタウロスを瞬殺されてましたし……」

「昔取ったきねづかでな。多少、腕に自信があるだけだ」


〈どこが多少?〉

〈多少とは〉

〈多少の定義を〉

〈このおっさん何言ってんの?〉

〈どう考えても熟練の技〉


 そのとき女性マネージャーが意識を取り戻した。


「ん……わ、わたくしは一体……?」

「麗華さんっ!」

「っ……美久?」

「うええええええんっ! よかったあああああああっ!」


 金本美久が号泣しながら抱き着く。


〈素敵な光景〉

〈眼福〉

〈おじさんもらい泣きしちゃいました〉

〈俺も〉

〈俺も〉

〈俺も〉


「美久……この状況は……」

「ごめんなざいいいいいいっ! あだしのぜいでええええええっ!」

「ええと……」

「ほんとに死んじゃったかと思いまじだあああああああっ!」

「そ、そんなことより……柔らかくて、良い匂い……すうはぁすうはぁ……じゃなかった。何が起こったかを教えてください」


〈なんか一瞬マネージャーがアイドルの匂い嗅いでなかった?〉

〈美久ちゃん良い匂いしそうだもんな。僕も嗅ぎたいですハァハァ〉

〈通報しました〉

〈アイドルと美人マネージャーか。うん、素晴らしい〉

〈ご注文は百合ですか?〉

〈てか、後ろに映ってるおっさん邪魔なんだが〉

〈そのおっさんの配信だ。我慢しろ〉

〈でも大丈夫。消しゴムマジックで消してやるのさ〉

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