第6話 さすがに幻滅するんだが

 マネージャーの加賀麗華と共に、立飛ダンジョンの中層に潜っていたアイドル、金本美久。

 だが本来なら下層に出現するはずの魔物、ミノタウロスに遭遇してしまう。


〈ミノタウロスは下層でも上位レベルの魔物だぞ!?〉

〈Dランクじゃ下層の魔物と戦えないだろ!?〉

〈それどころかBランクのマネージャーですら一人じゃ厳しい!〉

〈やばいやばいやばいって! だから嫌な予感がしたんだよ!〉

〈美久ちゃん逃げて!〉


 視聴者たちが騒然とする中、凄まじい勢いで突進してくるミノタウロス。


「アイスシールド!」


 氷の盾を形成し、それを受け止めようとしたのはマネージャーの麗華だ。

 だが、ミノタウロスはそれを易々と破壊し、


「~~~~~~~~っ!?」

「麗華さん!?」


 麗華は吹き飛ばされた。

 ミノタウロスと比べれば華奢な身体が宙を舞い、後方の壁に激突する。


〈加賀さああああああああああああああああああああんんんんん〉

〈いやああああああああああああああああああああああああああ〉

〈やめろ牛野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〉


 視聴者たちが絶叫する中、美久はマネージャーの元へと駆け寄った。

 顔をしかめながらも、麗華はよろよろと立ち上がる。


「美久……わたくしは大丈夫……それより、早く逃げてください」

「そ、そんなことできるわけっ」

「あなたがいると、足手まといになると言っているんです」

「っ……」

「今もあなたが後ろにいなければ、突進を回避するくらい簡単でした」

「そ、そんな……」


 再びミノタウロスが前傾姿勢になり、突進攻撃を繰り出そうとしている。


「急いで!」

「っ……」


 美久は全力で走り出した。

 ミノタウロスは一瞬後を追うべきか逡巡した様子だったが、今は手負いの方から仕留めるべきと判断したのか、美久の方からは視線を切る。


〈マネージャーを置いて逃げた!?〉

〈見殺しじゃん〉

〈さすがに幻滅するんだが〉

〈いや仕方ないだろ。元からそういう取り決めしてたんじゃね〉

〈そもそもDランクじゃ足手まとい〉

〈聞き取りづらかったけど、たぶん加賀マネもそう言ってた〉

〈それは美久ちゃんを逃がすための方便では?〉

〈加賀さああああああああああんっ! 死なないでえええええええええええっ!〉


 コメント欄が荒れだす中、美久は声を震わせながら叫ぶ。


「わ、私のせいだっ……麗華さんが戻った方がいいって言ってるのに、私が無理に探索を引き延ばすからっ……」


〈美久ちゃん猛省中〉

〈大丈夫だから! きっと加賀マネなら切り抜けてくるはず!〉

〈そんなに自分を責めないで!〉


「ブヒイイイイイイイイイイッ!!」

「……え?」


〈今度はオーク!?〉

〈前方の牛、後方の豚かよ!〉

〈けどオークは中層の魔物! 美久ちゃんでも倒せる!〉

〈ってか、オークにしては大き過ぎないか?〉

〈こいつはただのオークじゃない! ハイオークだ!〉

〈何で下層の魔物ばっかり!?〉


 涙目で走っていた美久の前に立ちはだかったのは、こちらも本来なら下層に出現するはずの魔物、ハイオークだった。


 手にした巨大な戦斧を振り回し、躍りかかってくる。

 美久は咄嗟に剣でガードしたが、


「っ……きゃあああああああっ!!」


 凄まじい衝撃。

 身体があっさり宙に浮き、数メートル先まで吹き飛ばされた。


「あ……く……」


 どうにか立ち上がるが、今の一撃で剣がぽっきり折れてしまっていた。


 敵わない。

 たった一撃でそうと悟った美久は、痛む全身に鞭を打ってハイオークから逃げようとする。


 だが巨漢ながら足の速いハイオークを、まったく引き離すことができない。


「きゃっ」


 しかも恐怖のせいか足がもつれ、盛大に転んでしまった。

 すぐにハイオークが追い付いてくる。


「ひっ……」


〈美久ちゃあああああああああああああああああああああああ〉

〈やめろ豚あああああああああああああああああああああああ〉

〈未来のトップアイドルがああああああああああああああああ〉

〈お願いだ! 誰か助けてくれ! 誰もいいから!〉

〈近くに探索者いないのか!?〉

〈とても良い子なんです! こんなとこで死んでいい子じゃないんです!〉


 ファンたちが阿鼻叫喚する中、美久は振り上げられた巨大な刃を見上げながら、己の死を覚悟していた。


「パパママ、ごめんなさい……グループのみんなも……麗華さんも……」


 ずんっ。


 だがいつまで経っても刃が落ちてくることはなかった。

 恐る恐る目を開けると、


「……へ?」


 そこにいたのはおじさんだった。

 美久の父親は45歳なのだが、それほど変わらないくらいの年齢に見える。


 おじさんは片手でハイオークの戦斧を受け止めていた。

 どうやらそのお陰で美久はまだ死んでいないらしい。


〈おじさああああああああああああああああん〉

〈神だ! あなたを神と呼ばせてくれ!〉

〈素手でハイオークの戦斧受け止めるとかどうなってんの!?〉

〈よく分からんけどトップレベルの探索者なのは間違いない!〉


「大丈夫か? とりあえずこいつ倒すな」


 おじさんの後方にドローンが飛んでいるので、美久と同じダンジョン配信者かもしれない。


「ハイオークは素手だと解体しにくいので武器を使います」


 自分の視聴者たちに向けてか、そんなことを口にした彼の手に、いつの間にか包丁が握られていた。

 ハイオークが倒れ込む。


「えー、本当なら解体ショーをやろうかと思ってましたが、それどころじゃなさそうなので割愛します。ハイオークは保管しておきますね」


 かと思うと、今度はハイオークの巨体が消えた。

 まるでマジックだ。


 一体何が起こっているのか、もしかしたら自分は夢でも見ているのか。

 しばし呆然としていた美久だったが、ハッと我に返る。


「た、た、助けてくださいっ!」

「?」

「マネージャーをっ……マネージャーを助けてくださいっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る