第3話 謝るなら今のうちだぞ

 東口が送ってくれた配信機材の小型ドローンを起動。

 ちょうどソフトボールくらいの大きさの球体で、ほとんど音を立てることなく浮遊する。


 配信ブームに乗って、配信用の機材も大きく進化してきた。

 今はこの静穏性ドローンでの配信が主流で、配信者の後を自動で追尾し、しかもまるでブレることなく映像を視聴者に届けてくれる。


 ドキドキしながらスマホを操作し、配信をスタートさせた。


「ええと……ど、どうも、定食屋ケンちゃんの店主です。配信は初めてなので緊張しています。どうかお手柔らかにお願いします」


〈はじまった!〉

〈お祭りの開幕です〉

〈思ったより普通のおっさん〉

〈声震えてるよ?〉

〈ここ、立飛ダンジョンじゃん〉

〈入り口のとこまで入れてるってことは探索者なのは間違いないのか〉


 スマホで映像を確認していると、早速コメントが流れてきた。


「よく気づきましたね。本日潜るのは立川にある立飛ダンジョンです」


 旧商業施設の名残があるこの部屋の壁に、ダンジョンへの入り口があった。

 ぽっかりと開いた漆黒の穴で、近づいてもその奥を見ることはできない。穴の向こう側は異界に繋がっているからだ。


 穴に飛び込むと、一瞬、眩暈にも似た感覚がきて、気づいたときには洞窟の中に立っていた。

 背後の壁には同じ漆黒の穴がある。


「このダンジョンの下層にハイオークやミノタウロスが出現するので、まずはそこまで行きます」


〈今のところ本気っぽい〉

〈いつ化けの皮が剥がれるのか〉

〈下層って行くだけでも半日はかかるぞ。何時間やる気だよw〉

〈おっさん、謝るなら今のうちだぞ!〉

〈信じてるやつおるん?〉


 相変わらず疑われているが、俺は構わず先へと進んだ。


〈つか、軽装すぎだろ。ただの普段着じゃん〉

〈どう考えても弱そう〉

〈探索者ランク的に下層に潜っちゃダメだろ〉

〈自殺行為www〉

〈これ、通報した方がいいんじゃないか?〉

〈おい、せっかく面白いとこ見れそうなのに余計なことするな〉

〈どうせ下層まで行けっこないんだからその必要なし〉


 しばし地下1階を探索する。


〈これ、階段と真逆の方向じゃね?〉

〈あー、やっぱりそういうパターンか〉

〈このまま地下1階を延々と探索し続けるんじゃね〉

〈盛大な視聴者ドッキリの可能性〉

〈もしそうなら俺らアホじゃん〉

〈ケンちゃんに騙されてるとも知らずにwww〉

〈はい解散。おつかれしたー〉


 コメントが荒れてきたので、俺は慌てて説明した。


「えーと、普通に下層まで行こうとすると、すごく時間がかかってしまうので、裏技でショートカットしようとしています。もう少しお待ちください」


〈苦し杉〉

〈そんな方法あるならとっくに知られてる〉

〈マジで休日に無駄な時間過ごしたわ〉

〈これならまだ加納栄光のダンジョン配信見てた方がマシだった〉

〈おれ好きだけどな加納栄光。大抵なんかの面白ハプニング起こるしw〉


 このままでは視聴者が離れていってしまう。

 焦り始めたところで、俺はそれを発見した。


「っ! ありました! これです、これ。思ったより早く見つかりましたね」


 ダンジョンの床に設置された小さなスイッチ。

 普通に移動しているだけでもうっかり踏んでしまいそうだが、魔物と戦闘中だったらなお避けるのが難しいだろう。


「転移トラップです」


 踏むとランダムで別の場所に飛ばされるという、危険なトラップの一つだ。


〈転移トラップ?〉

〈それで一気に下層まで飛べるってこと?〉

〈このおっさん、転移トラップの仕様も知らんのか〉

〈転移トラップは同層にしか飛ばない〉

〈エアプなのバレバレwww〉


「そうですね。普通に踏むと、同じ上層のどこかにしか飛ばされないんですが、実はこれ、裏技がありまして」


 俺はトラップに魔力を注ぎ込んだ。


「こんなふうに魔力をトラップに注入すると、上層から中層まで一気に飛べるようになるんですよ」


〈そんなの聞いたことねぇぞ?〉

〈嘘を嘘で塗り固めるからめちゃくちゃwww〉

〈もう観念しろって〉

〈今なら土下座で許してやるよ〉

〈なんか逆に面白くなってきた。もうそのまま行けるとこまで行っちまえ〉

〈それな〉


 俺は配信用ドローンを掴む。

 こうしないと転移の際に逸れてしまうからだ。


〈いきなりおっさんの顔ドアップwww〉

〈マジで何を見せられてるんだ……〉

〈ゲロ吐くわ〉

〈顔アップは美女以外有罪〉


 カチッ。

 トラップを踏んだ瞬間、足元に魔法陣が出現し、転移トラップが発動する。


 気づくと周囲は、洞窟から人工的な遺跡のような空間に変わっていた。


〈あれ、雰囲気が変わった?〉

〈え、これ中層じゃん〉

〈は?〉

〈マジ?〉

〈間違いない。この石造りの壁や床。色んなダンジョンの中層に共通してる特徴〉


 驚いている様子のコメントをチラ見しながら、俺は満足して頷く。


「ご覧の通り、一瞬で中層に来れました。ただ、まだ中層なので、もう一度同じトラップを利用して、今度こそ下層に行こうと思います」


 再び転移トラップを探して歩き出す。

 その間にコメントは大いに盛り上がっていた。


〈こんな裏技、ダンペディア調べても載ってねぇぞ〉

〈大発見じゃね?〉

〈転移トラップ探しブームくる?〉

〈このおっさん、マジ何者なんだ?〉

〈てか、驚いてる隙におっさんが中層の魔物と対峙してる!〉

〈リザードマンだ〉

〈おっさん大丈夫か? リザードマンは中層でも強い部類の魔物だぞ?〉

〈さすがに殺されるとこは見たくねー〉

〈初回で放送事故は草〉

〈恐ろしく早い放送事故。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね〉


 二足歩行するトカゲの魔物、リザードマンが長槍を手に躍りかかってくる。

 繰り出してきた刺突に、俺は拳をぶつけた。


 バァァァンッ!!


 槍の刃が粉々に砕け散った。


〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

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