第4話 哀れなトカゲ

 拳で殴りつけると、長槍の先端が砕け散った。


〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈ええええええええええええええええ〉

〈どうなってんの〉

〈パンチで破壊した!?〉

〈しかも素手だぞ!?〉


「リザードマンの槍はそれほど強度が高くないので、こんなふうに破壊してしまうと戦いやすいです」


〈だからって素手で殴って破壊できるかよ!〉

〈日本語でおK〉

〈このおっさんガチだったか〉


 武器を失ったリザードマンの懐に入り込むと、下から首を掴む。


「リザードマンは牙が鋭く、噛まれると痛いですが、こうすると噛みつきを防げます」


〈平然とヤバいことやってる〉

〈リザードマンって、Cランクでも割と苦戦するような魔物だったよな?〉

〈注:この人は定食屋のおっさんです〉


 暴れるリザードマンの首を掴んだまま、柔道の投げ技のようにぐるりと身体を回転させると、脳天から地面に叩きつけてやった。


 ぐしゃり。


 頭が潰れ、あっさり絶命するリザードマン。


〈哀れなトカゲ〉

〈赤子の手を捻るようにとはこのことか……〉

〈おれ解体屋やってるけど、こんな奇麗に倒されたリザードマン初めて見たぞ〉


「リザードマンのお肉は食べられなくもないですが、さすがにオークやミノタウロスとは比べ物にもならないので、ここに置いていきます」


〈食べれるんだ……〉

〈てか、置いてくのか〉

〈リザードマンの素材って、割と高く売れるはず〉

〈しかもこんなに状態がよければ査定額あがるって〉


 と、そのときだった。

 どこからともなく悲鳴が聞こえてきたのは。


「きゃあああああああっ!!」


〈女子のガチ悲鳴〉

〈おっさんミーツガール展開?〉

〈冗談言ってる場合か! 多分魔物に襲われてるぞ!〉


「えー、何やら緊急事態のようなので走りますね。ちゃんとドローンがついてきてくれるか心配ですけど……」


〈最近のドローンの性能なめんなよ〉

〈小型でも時速100キロくらい余裕で出せるから〉

〈むしろおっさんが置いてかれる〉


 どうやら大丈夫らしい。

 俺は地面を蹴った。


〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉

〈は?〉


 あれ? ドローン、ついてきてない?

 いや、少し遅いが後ろから追いかけてはきてくれている。


 うーん、東口に借りた少し旧式のやつだから遅いのかもしれないな。

 だが先ほどの悲鳴の主のことが心配だ。


 俺は構わず全力でダンジョンを駆け抜けた。


「っ……いた」


 発見したのは、まだ十代と思われる少女。

 必死に逃げようとする彼女を追いかけているのは、二足歩行する巨漢の豚だ。


「ハイオーク?」


 通常種のオークより明らかに体格がいいので、下層に出現するハイオークだろう。

 本来なら中層にはいないはずの魔物だった。


 まぁ、頻度は決して高くないものの、こうしたイレギュラーが発生する可能性はゼロではない。


〈オーク?〉

〈大きさからしてハイオークかもしれんぞ〉

〈探してた魔物発見!〉

〈いやいや、なんで中層にいるんだよ!〉

〈あの子、見たことある気が〉

〈ダンジョン配信系のアイドル、金本カナモト美久ミクじゃん。しかもあの鳳凰山38のメンバー〉

〈人気急上昇中で、最近登録者数が100万を超えたとかヤホーニュースにあったな〉


「きゃっ」


 恐怖のせいか足がもつれ、少女が盛大に転んでしまった。


「ひっ……」


 巨大な戦斧を手にしたハイオークが追いつき、その刃を少女の頭上へ無慈悲に振り下ろそうとする。

 少女は腰を抜かしてしまったのか、もはや立ち上がることもできない。


〈やばい!〉

〈逃げてえええええ!〉

〈美少女が死ぬとことか見たくない〉

〈安心しろ! おっさんがいる!〉

〈てか、すでにあんなとこに! 速すぎ!〉


 ずんっ。


 間一髪割り込んだ俺が、片手で戦斧を受け止めた。


〈おっさんつええええええええええええええええ〉

〈やったああああああああああああああああああ〉

〈うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〉

〈いつの間にかおっさん応援されまくってて草〉


 いつまで経っても刃が降ってこないので、恐る恐る少女が目を開く。


「……へ?」

「大丈夫か? とりあえずこいつ倒すな」


〈おっさんかっこいい……〉

〈男が憧れるシチュ過ぎて〉

〈あーあ、アイドルがおっさんに惚れちまった〉

〈惚れはせんやろ。夢見んなって〉


「ハイオークは素手だと解体しにくいので武器を使います」


〈解体?〉

〈いま解体って言った?〉

〈武器あるのかよw〉

〈てっきり格闘家かと思ってた〉


 俺が取り出したのは、刃渡り三十センチほどの大振りの牛刀包丁だ。


〈包丁?〉

〈あれが武器?〉

〈さすが定食屋のおっさん〉

〈ってか、今どこから取り出した?〉

〈あんなんでハイオークは倒せんやろ〉


 包丁を横薙ぎに振るうと、ハイオークが白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


〈え?〉

〈え?〉

〈え?〉

〈何が起こった?〉

〈死んだ?〉

〈おい見ろ、首に赤い線が入ってる!〉

〈ほんとだ。よく見たらちょっと首がズレてる〉

〈え、斬ったの?〉

〈いつの間に?〉


「えー、本当なら解体ショーをやろうかと思ってましたが、それどころじゃなさそうなので割愛します。ハイオークは保管しておきますね」


〈ハイオークの死体が消えた!?〉

〈アイテムボックスに入れたのか?〉

〈それらしいのは見当たらないけど〉

〈何かしらのスキルか魔法では?〉

〈なのに放置されたリザードマン草〉


「た、た、助けてくださいっ!」

「?」


 すでに助けたはずの少女が、涙目で縋りついてきた。


「マネージャーをっ……マネージャーを助けてくださいっ!」

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