第4話 金と銀

 銀髪の美しい編入生の話は、瞬く間に全校中に広まっていた。中等部だけでなく、高等部でも話題となるほどに、オルドの話題で持ち切りだったのだ。


「ミシェル嬢のクラスに、ねぇ」

 興味は半分だけ、といった風に頬杖をついて話を聞いているのはサーディス・ザムエ、十八歳。カナチス国、第三皇子であり、である。

 カナチスには双子の長男、次男がいるのだが、二人とも王位は継がないと宣言しているため、第三皇子でありながら王位継承権は一位となっている。ミシェルが片思いしているレイドリックは、サーディスの弟……第四皇子だ。


がかどわかされたりしないか不安だなぁ」


 サーディスの隣で意味不明な発言をしているのはイリオン・フレスト。サラサラの金髪は腰まで伸び、瞳の色は碧。整った顔立ちに甘い声。フレスト公爵家長男である彼は、間違いなく校内随一の美男子であり、レグラント校人気No1を誇る男である。が、若干頭がおかしい、とサーディスは思っている。


「なにがスイートパンプキンパイだ」

 毎日イリオンの戯言を聞かされているサーディスは、溜息と共にそう吐き出す。


「おっと、そうかパンプキンパイはイマイチだったか? だったらがいいだろうか? ポンポン弾ける様子が彼女の弾ける笑顔とリンクして……ああ、しかも甘いハニーミルク味」

 うっとりした顔で目を閉じる。


「それともハニーアーモンドちゃんの方がいいか? 可愛い彼女のアーモンド形の目は俺にとって甘い甘い蜜のようだからな!」

 なんというか、せっかくの美貌が台無しというか、イメージが悪いというか。サーディスはいつもイリオンのことを『ハリボテの太陽神』と呼んでいた。美しい見た目とは裏腹に、中身がアホすぎるのだ。いや、成績は抜群にいいので、こと、のようだが。それにしても酷すぎる。


 しかもお相手がミシェル・メリル。

 これも悩みの種である。


 外見に関してどうこう言うつもりはない。イリオンがミシェルのなにを好きになったのかはどうでもいい。問題は、ミシェルは既に片思い真っ只中であり、その相手がだということ。友人であるイリオンを推してやりたいところだが、レイドリックの兄としては微妙な立場だった。


「昼休みに偵察に行こう、サーディス!」

 十八歳の男子にしては可愛らしい発言を前に、サーディスは頭を掻きながら頷くよりほか、なかったのである。


*****


 昼休み。

 食堂は多くの生徒たちでごった返す。この時間帯は中等部、高等部共に入り乱れての交流があり、イリオンは毎日のようにミシェルにちょっかいを出しに行く。

 それと同時に、校内イチの美男子であるイリオンの姿を見るために集まってくる女生徒たちが、手紙やプレゼント持参で群がってくる時間でもあるのだ。


「イリオン様だわっ」

「ああ、イリオン様よ!」

「今日も素敵ですわ……」

 学年を問わず、すれ違う誰もが皆、イリオンに釘付けとなる。男子生徒ですら、その美しさに目を奪わずにはいられないほどだ。


 しかし、食堂に入るとそこにはすでに人だかりが出来ていた。

「あれ? なんだ?」

 サーディスが人だかりを見遣り、言った。女生徒を中心に出来た人だかり。これはもしや、例の……、


「あれはっ、俺のハニーアーモンド!」

 イリオンがそう言うや否や、ズンズンと輪の中へと足を進める。イリオンの存在に気付いた女生徒たちが、黄色い声を上げながら道を譲っていく。おかしな光景だ。


「やぁ、マイハニ―アーモンド。今日もとびきり可愛いね」

 甘い声でそう声を掛けるイリオンを見上げ、ミシェルがぺこりと頭を下げた。

「ごきげんよう、イリオン様。でも私はハニーアーモンドではないですよ?」

 やんわりとおかしな呼び名を否定する。イリオンはそんなことにはお構いなしに、

「スイートマロングラッセ、今日は随分賑やかなんだね」

 有無を言わさずミシェルの隣に腰を下ろす。と、向かい側に座っている見知らぬ男に気付き、怪訝な顔を向けた。


「ところで彼は、なに? どうして俺のマドレーヌの前に見知らぬ男が?」

 ギロ、と睨んだその先には、銀色の髪の男が座ってミシェルを見つめていたのだ。

「そういうお前は何なんだ? ミシェルになんか用?」

「は? 今、なんて? 、ミシェル?」

 即座にイリオンが反応する。


「ああ、イリオン様、彼の言うことは気にしないでくださいね。彼は編入生です。オルド、こちらは高等部のイリオン・フレスト様」

 ミシェルの紹介を聞き、イリオンは額に手を当て、天を仰ぎ見た。

「ああ、愛しのチョコビスコッティが俺の名を呼んでくれた! 今日はなんて素敵な日なんだろう!」

 そう悶絶するイリオンを横目に、背後からサーディスが声を掛ける。


「やぁ、ミシェル嬢。彼が例の編入生なんだね?」

「あ、これはサーディス様、ごきげんよう!」

 急に背筋を伸ばし、丁寧に挨拶を始める。なにしろ相手はレイドリックの兄である。将来の義兄となる相手に粗相があってはいけないとの配慮であった。

「ええ、そうです。高等部にまで噂が?」

「そうなんだ。気になって見に来てみたらこの騒ぎだ。けど、さっき彼はミシェル嬢のことを『俺の』と言っていたようだが?」

 問う。

 と、ミシェルが口を開くより先にオルドが立ちあがり、言い放った。

「ああそうだ。ミシェルは俺の妻になるんだからな! 邪魔するなよ!」

 ザワ、と食堂の空気が揺れる。あちこちで小さな悲鳴が上がり、ミシェルは頭を抱えた。


「聞き捨てならんな!」

 バン、とテーブルを叩きイリオンも立ち上がる。金髪対銀髪の争い。どちらも注目を集めるに余りある美貌の持ち主である。遠巻きに見ている女生徒の中には、

『あの二人こそお似合いだわ!』

 と違った視点で興奮している輩もいた。

 一理、ある。


「言っておくが、マイリトルブラウニーは俺が将来を共にするパートナーだ!」

「なに寝ぼけたこと言ってるんだ? ミシェルは俺の、」

「ええい、黙りなさい二人とも!」

 聞いていられるかと言わんばかりに立ち上がったのはミシェルである。立ち上がったところで、長身の男子三人に囲まれ、背の小さなミシェルはだいぶ埋もれてしまっているのだが。


「イリオン様も落ち着いてください。私は誰のものでもありませんし、もし誰かのものになるのであればそれは、ムガグググ……」

 途中で口を塞いだのはサーディスである。ミシェルが弟であるレイドリックを好きなのは知っているが、今ここで大っぴらに名を出されるとなにかと面倒なのだ。実力行使で黙らせる。


「みんな落ち着いて。今は昼食の時間なんだから、食事を楽しもうじゃないか。なっ?」

「お前! 俺のミシェルに触るな!」

 オルドがサーディスに向かって声を荒げると、今度はイリオンが

「そうだぞサーディス! ハニーフォンダンショコラに触れるなどっ、し、しかもお前、唇に……、サーディス、その手を貸せ!」

 イリオンがサーディスの手をぐっと掴み、すかさずその掌に口づけをする。

「うげぇっ」

 サーディスがカエルのような声を出した。

「あ! ズルいぞお前! 間接キスだろそれ!」

 悔しそうに、そして羨ましそうにイリオンを見るオルド。ふふん、とドヤ顔をするイリオン。イリオンにキスされた手をブンブン振りながらドン引きのサーディス。食堂は、まさにカオスである。


「ミシェル、なんだかすっごく面白いことになってるんだけど……なんでこうなったか聞かせてほしいな?」

 食事をしながら一部始終を黙って見ていたヒルダが、最後のおかずを飲み込むと、ミシェルの隣で目をキラキラさせそう言ったのである。


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