第3話 編入生

「……どういうことですのっ?」


 窓辺から外を見て、額に青筋を立ててハンカチを噛み締めているのはエリシア・ラングル。ラングル伯爵家長女にして金髪、菫色の瞳を持つ美少女であり、才女。学園イチの高嶺の花と評される彼女であるが、恋敵があろうことか冴えないモブ女、ミシェル・メリルであるという事実が、エリシアの神経を抉っている。


 エリシアもミシェルもレグラント校の中等部生であり、同じ爵位を持つ身であった。だが、赤毛に茶褐色の瞳、ずんぐりむっくりの体形に勉強も中の中であるモブであるミシェルをライバルにしなければいけないことに、まったくもって納得がいかないのである。


「旧校舎の資料室からもう戻ってきたというのっ? そんなわけありませんわっ。あの女のことだから、レイドリックの名を出せばウキウキ顔でいつまでだって待ち続けるに違いないのですっ。そうこうしているうちに日が暮れて、門限破ってさぁ大変! という手筈だったのにっ。おかしいですわっ」

 地団太を踏む。

「しかも、あれは誰ですっ? 何故見知らぬ殿方と……」

 三階の窓から見ているせいで、顔がよく見えないのだが、ベタベタとミシェルに引っ付いている銀髪の男を、ミシェルが押し退けているのが見える。


「なんであんなイモ娘ばかりがモテるのか、まったく理解できませんわっ」

 エリシアが目下熱を上げているのはイリオン・フレスト。ここ、バルジリア王国の公爵家長男である。容姿端麗、スポーツ万能、おまけにイケボときている。学園イチの美男子であり、全校の女生徒の憧れの的でもあった。そんなイリオンが、何故かここ半年ほど前からミシェルにちょっかいを出している。理解出来ないことだった。


「あのイモ女、一体どんなことをしてイリオン様とお近付きになったっていうのかしらっ」

 その経緯を、エリシアは知らない。


「……あら、ごきげんよう」

 階段を上がってきたミシェルがエリシアに声を掛ける。今回の置手紙が彼女の仕業だというのは薄々わかっていたが、だからといって詰め寄ったところで意味がないと知っている。こういう輩に正攻法で向かって行っても無駄なのだ。


「あ~ら、ミシェル。門限に間に合ったんですのね。ざぁんねん」

「ええ、ここまで送ってくれた方がいましたので」

「チラッと見ましたわ。あの殿方は、どなたなのかしら?」

「……さぁ?」

「は? さぁ、ってあなた……、」

「じゃ、失礼しまーす」

 ぺこりと頭を下げてすたすたとその場を去る。完全スルーであった。

「ちょ、話はまだっ、」


 パタン


 ドアが閉まる音がした。


「きぃぃぃ!!」

 エリシアが再び地団太を踏んだ。


*****


 翌日、教室は大騒ぎになっていた。


「どういうことでしょう?」

「こんな時期に編入だなんて」

「どちらのご子息かしらっ?」

 ざわざわするのは女生徒ばかり。


「ねぇ、ミシェル」

「なに?」

 ミシェルの友人ヒルダ・バルモーレが体を寄せてくる。眼鏡の奥でヘーゼルアイがキラリと光った。


「編入生のキラキラっぷり、イリオン様とどっちが上だと思う?」

「さぁ? 私はどっちでもいいんだけど?」

 ミシェルが教室の端に目を遣りながら答える。彼の姿を見つけ、口元が緩む。

「ああ、そうよね、ミシェルはレイドリックがいればそれでいいんだものね」

「うん、そう」

 ヒルダを見もせず、答える。


 視線の先に捉えているのはレイドリック・ザムエ。カナチスという小さな国の第四皇子である。愛称は『レイ』で、こげ茶の少し癖がある髪に薄茶の瞳。目は垂れ目で、背は高くない。おっとりとした性格は女性的ですらあり、かといってナヨっているわけではない。よく言えば『クラスにいる害のない、優しいけど優しいだけの目立たない男』であり、悪く言えば『いい人なんだけどねぇ』で恋愛対象にはならないタイプの男である。


 そんなレイドリックに、ミシェルはとことん熱を入れているわけだが……。


「ミシェル!」

 急に名を呼ばれ、顔を向ける。教壇に立っているのは学園の制服に身を包んだ銀髪の男……オルドだ。ミシェルは眉を寄せ、小さく舌打ちをする。

 美貌の主が急にミシェルの名を呼んだことで、教室中がまたしてもざわつき始める。


「はい、静かに!」

 担任であるカミユ・バートがパン、と手を叩く。

「今日から我がクラスに編入という形で入ることになった、オルド・バンジャ君だ。辺境の地であるレドという北の町から来ている」


 オルド・バン・ジャレドが、オルト・バンジャになってレドから来た。なんの捻りもない名付けである。


「ミシェル・メリル嬢とは知り合いだそうだな?」

「え? そうなのっ?」

 ヒルダが驚いてミシェルを見る。

「ん~、成り行き上」

 間違いではないが、雑な答えだ。

「ミシェル、彼の面倒を……、」


「先生!」

 スッと手を挙げたのはエリシアである。


「なんだい、エリシア嬢」

「ミシェルとはもうお知り合いなのでしょう? でしたら、彼のお世話をするのはミシェル以外の方が良いのではないかしら? その方がクラスに馴染むのも早いのではないかと。それに……男同士の方が良いと思います。女性には案内出来ない場所もありますもの」

 まさかの救いの手がエリシアから出されたのだ。


「私もそれがいいと思います!」

 ミシェルが立ち上がり、賛同する。どういうつもりか知らないが、エリシアに乗っかってしまえばいい。


「おい、なんでそんなこと言うんだよっ。俺はミシェルがいい! ミシェルと一緒にいるためにここまで来たんだぞっ?」

「ええっ?」

「今の発言て、」

「え? あの二人ってそういうこと!?」

「また、なの!?」

 クラスの女子が騒ぎ立てる。最後の台詞はエリシアである。


「この際だから言っておきたい。俺はミシェルを嫁にする! 誰にも邪魔はさせない!」

 声を張って、オルドが宣言する。女子からの『きゃー!』という黄色い声と男子の『おおお、』という低い声がいい感じでハーモニーを奏でた。ミシェルが再度、舌打ちをし、


「いいえ! それは違います!」

 負けじと声を張る。

「私には心に決めた方がいますのでオルドと婚姻を結ぶことは有り得ません! なんら誤解のなきよう!」

 バン、と机を叩いた。チラ、とレイドリックを見るが、特に興味はなさそうだった。


「はぁ? お前往生際が悪いぞ? いいから黙って俺の嫁になればいいだろうっ? 俺がこんなに好きだって言ってるのに、なんで拒むんだっ?」

「あら、って言葉は今初めて聞きましたけど? まぁ、それを聞いたところでだから何ということもないのだけど」

「好きなんだよ、ミシェル!」

「お黙りなさい、オルド!」

 ピッとオルドを指し、その姿はまるで犬のしつけのようだった。が、強く命令されたことに腹を立てるどころか、オルドは若干ニヤつきながら『怒ってる顔もクッソ可愛いじゃねぇか』と呟いたのである。


「……えっと、じゃあ……誰かオルドの面倒見てくれるかな?」

 カミユが教壇で頭を掻きながらそう言った。

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