21
「祐樹。」
いつものように淳平は、声のトーンを高くして俺を迎えてくれた。俺はやっぱりそれを聞くと、帰りたい、と思ったけれど、もう俺には帰るあてがない。この世でひとりきりだ。
「……どうしたの?」
玄関先に立ったまま、淳平が首を傾げたのだから、室内から洩れる微かな明かりだけでも分かるくらい、俺は顔色が悪かったのだろう。
「……別に。」
それしか言えなかった。淳平に聞かせられるような、まともなストーリーが、俺の人生には見つからなくて。淳平は眉をひそめ、嘘、と呟くように言った。
「顔色、酷いよ。体調悪いの? ……ううん、悪いのはきっと、心の方だね。」
心の方?
俺は首を傾げ、少し低い位置にある淳平の顔を見下ろした。分かるよ、と、淳平はちょっとだけ笑った。それは、身体のどこかが痛むみたいな笑い方だった。
「分かるよ。ずっと、祐樹だけ見てきた。」
応える言葉が見つからなかった。俺だけを見てきてくれたという、このひとに。俺はずっと、淳平の肉だけを利用してきたみたいなものだから。
「中、入って。」
淳平が玄関のドアを押さえ、俺を中に招き入れてくれた。俺は素直に淳平に従った。自分がなぜここに来たのかは分かっていた。俺は、せめて、確実に自分を好いていてくれているひとのところにいたかった。今日だけでも、返せない思いだとしても。
俺がベッドに腰を下しても、今日の淳平は、シャワー浴びてくるね、とも言わなかったし、服を脱ぎもしなかった。彼は、なにかを考えているような表情のまま、俺の隣に腰を落ち着けた。俺は、自分がそのことについてどう思っているのかも分からなかった。早く服を脱げ、と思っているのか、今隣に座ってくれたことに感謝しているのか。頭の中に風穴があいて、そこから思考が全部流れ出てしまったみたいに、俺の中は空っぽだった。
「……なにがあったの?」
淳平が、膝の上に頬杖をつき、俺の顔を覗き込みながら問うてきた。
なにが?
俺は首を傾げた。なにがあったかと訊かれれば、姉が死んだのだ。それ以上でもそれ以下でもない、本日のメインイベント。でも、姉が死んだというだけでは、俺の今の感情は、多分全然淳平には伝わらない。
「話してよ。」
いつかと同じ台詞を、淳平は静かに口にした。
「祐樹は、俺にはなにも分からないと思ってるんだろうね。でも、ここに来たってことは、なにか俺に話したいんじゃないの? それとも、ただ今日もセックスしたいだけ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます