第14話 王女の憂鬱①
王女ルル・エルクルイラは14歳の誕生日を迎えていた。
王都は祝祭日のランタンで美しく飾り立てられ、火が入る前から華やかだった。校舎の2階の窓からは準備に活気づく街の様子が伺える。夜に見られたらいいのにと、心の片隅のどこか遠いところで小さな自分が呟いていた。
祝祭日と言っても、それはエルの誕生日を祝うものではない。祝うのは救世の女神ホノの生誕だ。エルの本当の誕生日は四日ほど違うのだが、救世の女神ホノを深く信仰する母が同じ誕生日ということにした。
『せっかく女神サマの誕生日に合うように仕込んだってのに、あんたってば四日も早く出てきちゃうんだもの。本当に使えないったら』
酒に酔った母は、王妃とはとても思えない口調でよくそう言って笑った。『本当に使えない』は、産まれたときからエルにつきまとう言葉だ。
エルは、父である国王にはほとんど会ったことがない。エルが産まれた頃には既に、大恋愛で結ばれたはずの母との仲はすっかり冷え切っていて、父の言葉で覚えているのは『本当に俺の子か?』だ。
愛されていないのは構わない。何かの失敗で産まれたのでもいい。ただ、それならば放っておいて欲しかった。生きていなければならないというのならせめて、どこか遠い場所へ棄ててくれたらよかったのに。
「エル」
ノックも無く開いたドアから、小さなルヴィが顔を覗かせた。
「今日は祝祭日だから先生来ないって。言ってなかったっけ? だってさ!」
「……そう」
小さく呟いて気持ちが塞いだ。学校は、エルがほんの少しだけ気を抜ける場所だ。窓から見える華やいだ街の様子にちらりと目をやった。王宮に戻りたくなかった。
王女であるエルにも、以前は特別クラスが用意されていた。だが、2年前の王立図書館の火事がエルのクラスも潰してしまった。
そもそも特別クラスは王太子か王子のためのもので、王女は年の近い兄弟のクラスに入るのがならわしだ。エルのように兄である王太子から6歳も下の妹の場合には、そこに合わせてクラスを作るのは異例だった。それでも、少し年上の諫家の次男ソラと宰相家の次男イルレニエ、小さなルヴィはエルよりも4歳も年下の諫家の末っ子、そんな、年齢のばらけた四人の特別クラスが編成されたのは、エルのためだったのか他に理由があったのか、よくわからない。どんな理由であれ、四人一緒に学んでいた頃はとても楽しかった。
それが、あの火事で王立図書館のほとんどが焼けてしまい、カルゴーダ館長はじめ司書や記録官、教師が何人も死んでしまった。併設されていた王立学校は建物の延焼こそ免れたものの教師不足でしばらく閉鎖され、再開した頃には規模を縮小せざるを得なくなり、特別クラスは廃止された。
ソラとイルレニエは貴族の通う別の学校へと移り、王家であるエルには家庭教師がつくことになった。場所だけは何故か王宮の自室ではなく王立学校の一室を使うことが許され、エルの気持ちを随分慰めた。
そうして、なんとか続いたエルの大切な学校。
だが、国王に『本当に俺の子か?』と言わせた、『本当に使えない』王女ルル・エルクルイラ一人を熱心に教えてくれる教師がいるはずもなく、こうして授業が急に無くなることも一日自習と言われることも、度々あった。
まだ幼く、貴族の学校の入学の年齢に達していない小さなルヴィだけが、こうしてエルの級友として毎日付き合ってくれる。
戻りたくはない。でも、授業が無いのに戻らなければ、エルではない誰かが責任を取らされる。それを考えると、じわりとした恐怖がエルを包み込んだ。
「先生は来ないけど、自習してなさいって」
「………え…?」
「本持って裏庭に行こう! お菓子あるから『自習』しながら食べようよ」
ルヴィが楽し気に笑って窓辺にいたエルの手を強引に引いた。ほんのり甘い香りがする。ルヴィは時折、心が読めるのかしらと思う。慌てて本を1冊抱え、「早く早く!」とせかすルヴィに手を引かれるまま、教室から抜け出した。
廊下にヒトの気配もなく声も聞こえないのは、祝祭日で王立学校は休みだったからだ。二人は小走りに裏庭へと向かった。二人が裏庭と呼んでいるそこは、普段からあまりヒトの来ない小さな
ルヴィは芝生の上にハンカチを広げ、エルに「どうぞ」と勧めた。
「今日はとても親切ね、ありがとう。お兄様に教わったの?」
その仕草がいかにも幼くぎこちないのが可愛らしく、笑みがこぼれた。
「女性には、こうしなさいって」
それは長兄ウイでも次兄ソラでも、どちらも言いそうなことだったが、得意げに言うルヴィは、続けて意外な名前を出した。
「叔父上が」
「まあ……叔父様? 帰っていらしたの?」
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