第8話 きらきらと光り輝く未来① トゥエリク

 トゥエリク・カルゴーダの思い描いた未来は、王太子ルヴェリオネ・ファタに熱狂したほとんどすべての民衆が思い描いていたものだった。

 長い平穏な時代は当たり前のように同じ平穏な明日を約束し、ひとびとに退屈すら感じさせていた。そんな時、多くの文書が残る王立図書館にも記録のない謎の古代都市が発見され、そこから見つかった黒砂がもたらした圧倒的な技術革新が世界を大きく変えた。

 新しい時代を象徴するかのように即位した若き国王は、それまでの慣習を全く無視し、大恋愛の末に結ばれた身分の低い恋人をそのまま王妃の座に据えた。すぐに誕生した嫡子が王太子ルヴェリオネ・ファタだ。誕生当初こそ厳しい批判にさらされたが、王太子の愛らしく神々しい外見は王宮のひとびとの心を溶かし、さらに魔法の素質があることがわかると、それはあっという間に熱狂的な支持に変わった。

 『魔法』は、古来、絶大な効果を発揮する圧倒的な力だったが、今では自在に使いこなせる者などほとんどいない、すっかり衰退した力だ。それでも、王家、諫家、宰相家の三家だけは魔法の素質の有無を子供のうちに調べる伝統があり、素質有りと判明したのが、いまの子供たちの代では王太子ルヴェリオネと諫家ウイの二人だった。

 英雄王ファリスが魔法を使ったという記録は無いが、魔法の使える王家の世継ぎは、魔法の力がすっかり衰退してしまったからこそ特に強く神聖視されるようになっていた。

 王太子ルヴェリオネ・ファタは多くのひとびとを魅了し、新しい黄金時代の幕開けを王国中に期待させたのだった。

 その強い輝きは、あまりの眩さに多くの目からあらゆるものを隠した。




 トゥエリクはふと鐘の音に顔を上げた。山積みの本に囲まれたそこは薄暗い砦のようで、トゥエリクの身を外界から護っているようだった。

 ああ、またやってしまったと、軽く息をつくと大きく伸びをした。つい時間を忘れて、昼食もとらずに史料を読みふけっていた。今の鐘の音は、午後の授業の終わりを知らせるものだ。

 8年間続いた特別クラスの担当教師という大きな役目を終えたのは、つい一月ほど前のことだ。教えていた子供たちは、すっかり大きくなって、次は王太子の6歳下の妹姫のクラスをと打診されたのを断って、王立図書館の館長に就任し、再び研究の日々に戻った。

 研究テーマは、記録好きのファラナシア王国にすら何故か一つの手掛かりも残っていない謎の古代都市だ。黒砂の発見が注目され過ぎて、その発見場所である古代都市は、ほとんど調査が進んでいない。もともとトゥエリクが学者を志したのは、この古代都市の謎を解明したかったからだ。

 トゥエリクが34歳という若さで館長に就任できたのは、王太子の教師を務めたことが大きい。次世代の三家との繋がりを強固に持てる特別クラスの教師職は希望者が多く辞退する者は少ないが、8年間も交代なく務められた者も他にはいなかった。トゥエリクは志願したわけではなく、始めは指名されて仕方なく就いた教師職だったが、それが思いのほか楽しく予定よりもずっと長く続けてしまったのは否めない。それでも、ルヴェリオネ、バーニェッタ、ウイ、イオライエの四人が立派に成長したのを見届けたいまは、教師に未練は無い。何より、久しぶりに重責から解放され、自分の研究に没頭できるのが楽しかった。


 そろそろ一息入れようかと、ようやく立ち上がった。館長であるトゥエリクには、王立図書館内に研究室兼執務室として館長室が用意されているのだが、史料を運び出すのが面倒で、ここしばらくは2階の収蔵庫の作業机に陣取っていた。今日は風が気持ちいいからと、アージネアが中庭を囲む回廊へと続く窓を開けてくれたのを思い出した。直接陽が差さないよう薄いカーテンが引かれていて心地よい風に揺れていた。彼女はいつでも、よく気がついてくれる。

 ふと、その時、微かな悲鳴のようなものが聞こえた。回廊に誰かいるのか。室内にトゥエリクがいることには気づいていないようだ。しばらくして、何かを話す声。 授業の終わった子供たちだろうか。回廊に入って来られるのは特別クラスの子供たちだけだから、王女のクラスのはずだ。悲鳴のように聞こえたのが気になって、トゥエリクは回廊へと出て行った。


「なにをしているのかな?」


 子供だけかと思い、気軽に声をかけながらドアから顔を覗かせた。確かめる前に声をかけたのは、館長がここにいるよ、もし何かいたずらをしていたのなら走ってお逃げ、くらいの気持ちからだったが、回廊の様子を見て思わず動きが止まった。

 王太子ルヴェリオネ・ファタが居たからだ。

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