Blue Memory

不細工マスク

あの夏のあの子

それは夏の記憶だった。


いつかあった懐かしい記憶。


もう、何年も前の記憶だ。


だが今の鮮明に覚えている。


あれはまだ若く、愚かだった頃の夏——


——俺は17歳の平凡な高校生だった。夏休みに入り、暑苦しい夏を自室で過ごす日々を送っていた。ある日俺はなんとなく外へ出てみようと思い、当てもなく近所の土手や青春の地である甲子園場などの日常風景を楽しんだ。友達と下校した帰路、声を枯らして応援した甲子園、どれもいい記憶だ。とまぁ、思い出に浸りながら歩いていたらいつのまにか見慣れたショッピングモールに来てしまった。これも何かの縁だと思い、汗で失った水分を補給しに珈琲屋に寄った。


ガランと開けた瞬間に冷え切った空気は我先にと雪崩出ていった。それで熱々に煮えたぎった俺の体は癒された。さぁてどこに座ろうかと店内を見回すとカウンター席に座る一人の女性が目に入った。肩まで伸ばした黒い髪、細く長い綺麗な指、ツルンッとした柔らかそうな唇。軽く2、3秒ほど見つめていたと思う、流石に変にみられると思い歩き出す。何を思ったのか、彼女の隣に座ってしまった。内心焦りすぎて心臓がバクンバクンだ。とりあえず注文をしようと思い店員を呼んだ。

「ソーダフロートを一つください」


注文を済ませて商品を待った。その空いた暇な時間を潰そうと携帯を取り出し漫画アプリを開いた。ちょうど今週更新の漫画をタップした。5ページほど読み進めた時ぐらいに商品が来た。軽く会釈し漫画を読みながら飲み物を渇ききった喉に通した。熱々の喉を通るキンキンのソーダは至高の一杯だ、全ての疲れを忘れさせてくれる。

「君もそれ読んでるの?面白いよね」


突然の事で脳が追いつかなかった。明らかに俺の方を向いて発した言葉だった。訳も分からず変な声しか出なかった。

「あ、ごめんね?急に喋りかけてびっくりしたよね」


「あ、いや、大丈夫…です」


「あ、僕は立夏。君は?」


「れ、レオトです」


「レオトくんね、学年は?」


「休み明けで高三です」


「へー、じゃあ同い年だね。あ、ちょっと食べる?これすごく美味しいんだよね」


差し出されたのは半分も手をつけてない山乗りアイスで有名のチョコアイスケーキだった。

「え、え」


「あぁゴメン、チョコ嫌いだった?」


「あ、いえ!少し貰います」


勢いで了承してしまったことに後悔…はない!多分俺の人生でこれ以上の幸せは来ない!差し出されたのはスプーンを持ってケーキを一口食べた。

「どう?」


美味しかったとか、甘かったとか、そういう感情よりも、今更ながら間接キスだと気づいて頭が飛んだ。ソーダフロートで冷やしたはずの殻が熱くなるのを感じた。

「おいしかったです」


「それは良かった」


もう幸せで…幸せだ。

「じゃあそれ食べちゃっていいよ」


「え、でもこれ立花さんの…」


「君にあげる。それに私、このあと用事あるし。じゃあ、バイバイ〜」


行ってしまう!せめて連絡先でも…!

「あ、あの…!連絡先とか… 交換しませんか?」


「… うん、いいよ〜」


やった!初めて自分の口から言い出せた。

そして無事に追加し、彼女は店を出た。内心嬉しい気持ちでいっぱいだった。とそこに一件の通知が来た。立花さんからだった。

立花:ごめん🙏実は私男なんだ


一瞬にして脳が停止した。しばらくして、それでもいいか、と思い切る事にした。まさかあそこまで可愛い男の子がいるとは… 新しい扉が開きそうだ。


——そんな事もあったが、まぁ人生は小説より奇妙というし、あれはいい思い出としてしまっておこう。


それはそれとしてもう一度会ってみたいものだ。


あの夏のあの子に。

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