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いまさら恋をすることにいちいち感動などしない……とマヤは話していたけれど、そんな彼女もまた間違いなく、恋する乙女のひとりなのだと知ることができたのは大きな収穫だった。
所詮この人は自分とは違う世界に生きる存在なんだ。一度そう思い込んだら、たとえ触れられるくらいすぐ傍にいても、手を伸ばすことすら躊躇ってしまいそうだ。
でも、もしかしたらそんなことないのかも、と少しでも思えたなら。
その時は、指先をそっと触れさせることくらいは叶いそうな気がして――。
「でも、ミユ。本当にどうしたん? あたしに隠れて恋でもしてんの?」
輪のちぎれたポンデリングを皿に戻したマヤは、片肘をついて、何気ない調子でそんなことを訊いてきた。
いい質問だ。
その確認をするために、私は今日、放課後に帰ろうとしていたあなたを引きとめて、ここに連れてきたのだ。
ずっと私が自分で名前をつけられなかったこの気持ちは、まさしく「恋」と呼ぶべきものなのだろう。今は素直にそう思うことができている。だから、マヤに隠れて恋をしていた……ということは事実だと言ってもいい。
だけど、気づけば私はひとつ、この期に及んで嘘をついていた。
「強いて言えば、今の話でマヤに惚れたね」
微笑み混じりに私がそんなことを口走ったものだから、マヤはまた「はぁ?」と口を大きく開け、オーバーなリアクションをしてみせる。可愛い、という要素を形作るのは立ち振る舞いなどではなく、生まれ持った素材なのだと思う。彼女を見ていると余計にその考えは強くなってゆくばかりだ。
はあ。
あなたっていう子は、いつもそんなだから――。
「なんでよ」
「マヤ、誰のことを好きになってもいいよ。何度火だるまになってもいい」
本当は、テーブルの上の皿やグラスを払い落として近づきたいところだけど、私は背の高いグラスを端っこに寄せてから、テーブルに身を乗り出す。
こんなに近くで眺めても、マヤの肌には一点の陰りも乾きも見受けられなかった。紫外線以外に、この透き通るような肌を焦がすことができる存在こそ、恋なのだという。
どこの有象無象とも知れない男どもが、彼女をそんな目にあわせることなど、断じて許せなかった。それでも、揺れ動く人の心を縛りつけることなど誰にだってできないのも、また事実。
だから。
「その火が消えたあと、私がちゃんとマヤの焦げた身体を綺麗にしてあげるよ」
どこに寄り道をしたって、最後には、私のところに帰ってきてくれればいい。いつか、何度も身を灼かれて何もかも嫌になったあなたの辿り着く場所が、私であればいい。
ずっと前からあなたに惚れていたのだと自覚することができた今の私は、素直にそう思っている。餌なんか要らない。あなたの存在それ自体が、私にとっては糧であり、理由であり、絶対なのだ。
これほどまでに自分へ想いを寄せている相手がすぐ傍にいたのだと知ったとき、あなたはその可愛らしい顔で、どんな反応をしてくれるのだろう。
今はまだ口にできないけれど、いつかどこにも行けなくなったあなたを抱きしめながら、この話をしてあげたい。
それまでは何度でも、恋に身を灼かれて傷ついたあなたを癒せる存在として、ずっと傍にいるから。
「おいおい、照れちゃうじゃん。ミユちゃんよう」
マヤは柄にもなく頬を朱に染めていた。
ああ。好きすぎてもう、今すぐ死にたい。
私は、自分の制服の表面を波紋のように広がる炎の気配を感じながら、それでも知らないふりをした。
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恋い焦がれる 西野 夏葉 @natsuha
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