第17話 試験前の出来事

 試験なんて聞いてないよ…。


 ガラナ王国に着いた僕は重い足取りでエミリスと一緒に冒険者ギルドへと向かっていた。


「大丈夫、ワーク?」


 エミリスが心配そうに僕の顔を見る。


「これが大丈夫に見えるかい?」


 僕は青ざめた顔をエミリスに見せた。


「っていうか姉さん!試験があるってこと知ってたら教えてよ!」

「だって知ってると思ったんだもん!それにワークなら大丈夫だって村長は言ってたし…。」


 村長もひどくない?普通、試験があるなら内容教えてくれるじゃん…。

 それを出発直前に試験頑張れよ~って…。


「ちなみに姉さんの時はどんなことしたんですか?」


 これは経験者に聞くしかないな…。


「うーん、あんまり当てにしない方がいいよ。試験内容はギルドマスターが決めるんだけど、この国のギルドマスターは気分で内容変えたりするから…。」


 嘘でしょ…。この国のギルドマスター、適当過ぎない…?


「私の時は近くの草原で特定の魔物と素材を集めるやつだったかな。でも特に難しいのはギルドマスターと勝負するやつらしいわよ。なんでも、この試験の時は誰1人合格できた人いないらしいから…。」


 ギルドマスターが直々に試験をするなんて…やばすぎない?

 まぁ受けるなら一番簡単なやつがいいなぁ。


「ワーク、着いたよ。ここが冒険者ギルドだよ。」


 そうこうしている間にギルドに着いた。いかにもって感じの建物で看板にでかでかと「冒険者ギルド」と書かれていた。


 今からここで試験を受けるのか…。


 僕は緊張しながらギルドの扉を開けた。


 ギルドの中は酒場のようになっていて、冒険者であろう人たちがいて、酒を飲んだり、話したりしながらとても賑わっていた。


 僕は緊張しながらも受付へと向かった。受付に行く途中、何人かの柄の悪そうな集団にジロジロと見られたが気にしなかった。


 というか緊張でそれどころではなかった。


 受付に着くと女性がニコニコしながら、


「こんにちは!ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのような用件でしょうか?」


 とマニュアルでもあるかのように淡々と用件を聞いてきた。


「えっと、ギルド登録の申請に来ました。」


 ついでに受付にグライトから頼まれていた手紙を渡す。


「あと、この手紙をギルドマスターに渡しておいて下さい。グライトさんからと言ったら分かると思います。」


 受付の人は紙を受け取ると、


「了解しました。ちなみにあなたの職業ジョブをお伺いしてもよろしいですか?」


 と聞いてきた。


 ここは正直に言った方がいいよな?嘘ついたところであとでばれるだろうし…。


「えっと…見習い…です。」


 その言葉を口にした瞬間、あれだけ賑わっていた空間がシーンとなった。そして先ほどジロジロと見ていた柄の悪そうな集団が僕たちを見て笑いだした。


「おい聞いたかよ!見習いだってよ!」

「あんな雑魚の職業ジョブが冒険者ギルドだと!?寝言は寝て言えよ!」

「アハハハ!腹いてぇ!」


 やっぱりいるんだなこの世界にも自分より弱い人を馬鹿するやつが…。


 エミリスは僕が言われていることに腹が立ったのか、


「ちょっとー」


 集団に文句を言おうとしていたので、


「いいよ姉さん。僕は大丈夫だから。」


 と言ってエミリスを止めた。


「…でも」


 エミリスは何か言いたげだったが僕が気にしていないことが分かるとすぐに引っ込んだ。


 そんな状況でも受付の人は変わらない対応で


「分かりました。まずはこの手紙をギルドマスターに渡してくるのでそちらの椅子にお掛けになってお待ちください。その後で試験の内容をギルドマスターの方から説明をいたします。」


 と言って奥に入って行った。


 うわぁ、シゴデキだ…。


 僕たちは言われた通りに椅子に座って待っていた。


 すると先ほど僕を馬鹿にしていた集団の1人が近づき、僕に話しかけてきた。


「おいガキ…。おまえ、冒険者をなめてんだろ?」


 集団のリーダーであろうその男は僕にガンを飛ばす。


 はぁ、やっぱり来るよね…。


 体格は一般の人にくらべるとガタイのいい方だがグライトよりは劣っていた。


 だからあまり怖くなかった。というかどうせこの人はあの集団の中でしかイキれないのだろうと思い、呆れていた。

 男は僕が無視していることが気にいらなかったのかさらに僕に突っかかる。


「おい、聞いてんのか?この雑魚の見習いがよ!お前みたいなガキは家帰ってママに膝枕でもしてもらえ!」


 男が言うと男の集団が笑いだす。


 あぁ、出たよ。まぁこのまま無視してればそのうち飽きて離れていくだろうし…。


 僕はそう思って無視を決め込んでいたが、エミリスの方はさすがに我慢ならなかったのか、男と僕の間に割って入ってきた。


「あんたこそワークをなめないでよ!ワークはね、キラーベアを1人で倒したのよ!」


 エミリスはさらに主張する。


「それだけじゃないわ!私と一緒に紅銀の狼王ブラッティシルバーも倒したんだから!」


 男はキラーベアと紅銀の狼王ブラッティシルバーの名前を聞いて驚いたが、すぐに反論する。


「嘘つくんじゃねぇ!こんなガキ1人でしかも見習いがそんな高レベルの魔物を倒せるわけねぇだろ!」

「嘘じゃないわよ!っていうかさっきから大の大人がよってたかって子どもを馬鹿にするなんて男として恥ずかしくないの?あなたたちの方がよっぽど冒険者に向いていないわ!」


 エミリス…。それ以上言わない方が…


「んだと!」


 男はエミリスの言葉にキレてエミリスのポニーテールを掴んで持ち上げた。


「きゃ!」


 髪を掴まれたエミリスは足が地面から離れる。


「痛い!離してよ!」


 エミリスは足をバタバタさせて抵抗するが状況は変わらなかった。


「さっきから俺たちのことなめやがってもう我慢ならねぇ…。」


 男は反対の拳を固く握りしめる。


「生意気なことを言うガキにはお仕置きをしないとな…。」


 男はそう言って拳を高く振り上げる。


 ヤバい!助けないと…!


 その時、


「やめとくっすよ。おっさん。」


 男の殴ろうとする腕を誰かが掴んだ。その人物は男と同じくらいの身長があり、頭の上にネコの耳のようなものをつけた女性だった。


「くっ!離せよ!」


 男は振りほどこうとするが掴んでいる手はびくともしない。


「ギルド内での暴力は禁止のはずっすよ。冒険者を剥奪されてもいいって言うなら自分は止めないっすけど…。女の子に暴力を振るう冒険者ってのはさすがにどうなんすかねぇ。」


 ネコ耳の女性はさらに男に詰めより、握る力を強めた。


「チッ!」


 男は諦めてエミリスの髪を離す。


「きゃ!」


 エミリスは宙ぶらりんになっていたためか尻もちをついてしまった。


「これでいいだろ…。早くその手離せよ。」


 ネコ耳の女性は男の腕を離し、エミリスに近寄ると、


「大丈夫っすか?」


 そう言って手を差し出した。

 差し出した手は革の手袋を着けており、けがをしているのか肘まで包帯が巻かれていた。




 エミリスはネコ耳の女性の手を掴んで立ち上がった。


「えぇ、ありがとう。助けてくれて」


 ネコ耳の女性はエミリスの髪に目をやる。先ほど男に掴まれたからか傷んでボサボサになっていた。


「あちゃー、せっかくの綺麗な髪が台無しっすね…。少し待ってほしいっす。」


 ネコ耳の女性はそう言うと背中のリュックから白色の液体が入った小瓶を取り出した。

 そして小瓶のフタを開けて白色の液体をエミリスの髪にかける。

 するとかけられたところから艶が戻っていき、小瓶を使いきる頃には元の綺麗な髪に戻っていた。


「わぁ…すごい!」


 エミリスの喜んでいる姿を見て、ネコ耳の女性は言った。


「これは保湿と治癒の効果がある涙々草るいるいそうから抽出した薬っす。喜んでもらえて自分は嬉しいっすよ!」


 僕もエミリスとネコ耳の女性の方に駆け寄り、お礼を言った。


「あの、姉さんを助けてくれてありがとうございます。名前を聞いてもいいですか?」


 僕が名前を聞くとネコ耳の女性は自己紹介をしてくれた。


「自分はレオナ=ライオネルっす。自分も2人の名前を聞いてもいいっすか?」

「僕はワーク=ラインハルトっていいます。」

「私はエミリス=ラインハルトよ。」

「2人は姉弟なんすね!よろしくっす!」


 レオナはニコっと笑顔を見せ、僕たちに手を差し出した。僕とエミリスは交互に握手をした。

 レオナは獣人族で職業ジョブ薬医師メディックだそうだ。冒険者ギルドで依頼を探していたところ、偶然この現場を目撃したらしい。


 それにしても目のやり場に困るなぁ…。なんというか…体や胸もそうだけど全体的に…


「?、どうしたっすか?」


 レオナが視線をあわせて顔を近づける。


 デ、デカすぎる!


 服装も下着ような布面積の少ない服に短パンでその上に白衣を羽織っただけだからか余計に胸が強調されている。


「い、いや、別に、なんでも…。」


 僕は頬を赤らめて視線を逸らす。その横でエミリスからなぜか殺気ような視線を感じたが僕は気づかないふりをした。


 先ほどレオナに腕を掴まれていた男はその状況が気にいらなかったのか、レオナの気が緩んでいる隙をつき、近くにあった椅子を持ち上げ、


「この!」


 レオナに向かってその椅子を投げつけたのだ。


 それに気づいた僕はレオナの前に立つ。


 さすがにこれは怒っていいよね…?


 そして椅子に向かって拳をぶつけた。


『クリティカルヒット!』


 椅子は大きな音とともに粉々に爆散した。


「……。」


 今の光景を目にしてその場にいた人たちは静まりかえっていた。

 そして僕はその場で固まって動けなくなった男に近づき、


「さっきもそうですけど、女の子に暴力を振るうなんて冒険者以前に人として終わっていますよ。次もまた同じようなことをするなら今度は椅子じゃなくてあなたが粉々になるかもしれませんね?」


 僕の言葉を聞いて男は座り込んだ。すると、


「わっは!見事じゃん!」


 建物内に大きな声が響き渡った。


 な、なんだ?


 突然の声にびっくりしていると奥の方から長髪の少女が姿を現した。


「グライトちゃんの手紙読んだじゃん。君なかなか面白いじゃん。」


 ん?今、グライトちゃんって言った?村長の名前が出たってことは…もしかしてこの女の子は…


 僕はぎこちない動きで少女のあとに出てきた受付の人に視線を向けた。


「この方がガラナ王国のギルドマスターであなたの試験も担当するナーナ=ギルディーナ様です。」

「よろしくじゃん!」


 ナーナと呼ばれたギルドマスターは片手を上げて挨拶する。


 うわぁ、とんでもない人が来たよ…。


「さっきのやつ、ナーナちゃん、見せてもらったじゃん。君、結構強いじゃん。」


 ギルドマスターは僕を指さして、


「ナーナちゃん、決めたじゃん!君の試験はこのナーナちゃんと勝負することじゃん!」


 と試験内容をさらっと伝えられた。


「は、はあぁ!!?」


 まじか…よりによって一番嫌な試験になったじゃん…。


 はぁ…。僕は無事に試験に合格できるのだろうか…。



ーーーーーーーーーーーーーー

レオナ=ライオネル 16歳

職業ジョブ:薬医師メディックレベル97


 セイマアル王国出身のライオンの獣人族。治療薬・毒薬・強化薬などの様々な薬を生成し、冒険者などに販売する。

 ただ、法外な値段で売りつけたり、効果が分からないものを試させたりとその行動と服装から一部の人に「マッドサイエンティスト」と呼ばれたりしている。

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