8月28日 アルスア〜サン・パイオ 霧のち曇り時々晴れ

アルスアの町は大きな川や海に面している訳じゃないけど、2日前と同じように町中が霧に霞んでいる。朝7時半、もうすでにたくさんの巡礼が僕の前を歩いている。こんな早朝から教会の扉が開いていたので巡礼手帳にスタンプを押してもらい、小銭を寄付箱に入れてきた。サン・ジャンで手に入れた巡礼手帳は残りがちょうど1ページ、8マス分が残ってる。今日と明日できれいに埋まるかもしれない。


1時間半くらい歩いたところで小休憩。カフェで僕にとって定番の朝食をとった(ミルクコーヒー、オムレツ、甘い物。今日の甘い物はリンゴケーキ)。大阪のおばちゃんみたいな感じのよく喋る店の人が戯けた対応でお客を笑わせている。僕の時もたぶん面白い事を言っていて、意味は分からないけど何となく仕草で笑ってしまった。


林道を登っている時、上からポツリと来たので「まじか!」と思ったけど、どうやら木の枝に溜まった水滴が落ちてきただけのようで安心した。10時を回って霧がだんだんと晴れてきて、水色の空が少しだけ見え始めた。ひとまず雨が降りそうな感じではなさそうだ。


時々、自転車の巡礼が僕を追い越してゆく。いつも通りの光景なんだけど、ふと、彼らは2時間後か3時間後にはサンティアゴに到着するという事実が頭に浮かんだ。なんだか信じられない。彼らはその事実をしっかりと認識しながら自転車を漕いでいるんだろうか? 自転車の巡礼で僕がそれなりに色んな話をしたのは、4歳の女の子をリヤカーに乗せていたフランス人家族のお父さんだ。あと2、3時間でサンティアゴに着くと分かった時にどんな事を考えていたのか、彼に訊いてみたい。


正午にオ・ペドロウゾの町にたどり着いた。朝ごはん以外、今日はほとんど休憩を取らずに歩いてきたけど、ここでも休もうという気にならず、歩き続けることにした。でもさすがに少し疲れたので、ペースを少し落とすことにした。


巡礼路が再び林道に入る。ものすごく静かだ。種類は分からないけど、ジー、ジー、ジーと伸ばして鳴く鳥の鳴き声と、キュッキュッキュッと短く鳴く鳥の鳴き声が林の左右から聞こえる。時々、空の上の方でゴーっという空気が揺れるような音がする。サンティアゴ空港が近い。林道が静かなのは僕のほかに歩いている巡礼がいないからだ。サリア以来、こんなのは初めてだ。


オ・ペドロウゾの町からサンティアゴまでは20キロ。正午の時点であと20キロ歩いて今日中にサンティアゴに至るのは無理じゃないけどちょっときつい。だったらわざわざあと5キロや10キロ歩いてサンティアゴまでの距離を縮めるのではなく、明日オ・ペドロウゾの町からサンティアゴへ向かおう。そう考えた巡礼が多いのかもしれない。というか、これは僕自身の頭に浮かんだ考えそのものなんだけど、そうすると今日は20キロしか歩かずに終わってしまう。僕はそれがどうも嫌だった。


この辺りは小刻みにアップダウンがある。登り坂の最中で少し気持ちが悪くなってきた。なんとなく腹痛も感じる。毎日毎日30キロ近くも歩いていたら身体もおかしくなりそうなものだけど、これまで27日間歩いてきて、不思議と体調がおかしいと感じたことは一度もない。実際には不調な時も、気が張っていたからそう感じなかったのかもしれない。それが今は緩み始めているのかもしれない。歩くスピードがかなり落ちてきていて、とうとうバックパックを下ろして地面に座り込んだ。


さっきよりも大きな音を立てて飛行機が飛び立っていった。今度は尾翼のルフトハンザ航空のマークが見えた。機体はすぐに雲の中に消えてしまったけど、飛んでいく飛行機の姿を見たらなんだか元気が出た。お腹の調子が悪いという感覚も弱まった。よし、歩こう。ウルトレイヤ。今夜の宿まではあと3キロもない。


今日はだいぶゆっくりと歩いたと思っていたけど、振り返ってみると30キロを7時間弱。つまり、いつもとほとんど同じ。もう身体がペースを覚えてるのかもね。夕飯はセットメニュー。ガリシア風スープ(チョリソー、ポテト、タマネギ、白豆)と白身魚のフライ。ちょっぴり物足りなくてタコソースのパスタを追加した。でも、さすがに1皿は食べられなさそうだったから「量を半分で値段も半分にならない?」とウェイターに訊ねると、厨房に確認してくれた。「OKだって」やった! このあたり、日本には無い融通の良さがあって嬉しい。見た目はミートソースのスパゲッティに似ているけれど、少しソースが紫がかっている。でもあじはしっかりとタコ! 少し酸味のある味付けも美味しい。やっぱりタコはガリシアに限る! あと何回タコを食べられるかな。

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