8月27日 パラス・デ・レイ〜アルスア 晴れ

朝、荷物をバックパックに仕舞いながら、アイマスクを紛失したことに気がついた。そういえば2日か3日前に少し昼寝したくなり、外の明るさを避けるためにアイマスクを使ったような記憶がうっすらと残っている。つい数日前にはパスポート紛失騒動を起こしたばかりだし、ちょっとポカが続いている。残りわずかと油断しないで気を引き締めないと。


パラス・デ・レイはそれなりの規模感がある町なので、ここに宿泊した巡礼は多いと思われる(昨日出会った学生グループもここに泊まると言っていた)。サリアやポルトマリンほどではないけど、巡礼行列に混じって歩き始める。気温は15度。昨日よりは少し暖かい。


道沿いの教会の入り口に何人かの巡礼がスタンプを押してもらおうと集まっている。僕もその列に加わった。まだ8時半にもならないこの時間に扉が開いているのは珍しい。2冊の巡礼手帳にスタンプを押してもらい、ほとんど使わない茶色の硬貨をすべて寄付箱に入れてきた。


松やブナ、栗の木の林に囲まれた林道を登ったり下ったりしながらどんどん歩く。巡礼路に指定されている道からは林や畑などしか見えないけど、基本的には少し離れた場所を国道が並走している。その国道を時々横切って、巡礼路は国道の右側になったり左側になったりする。その途中でルーゴとア・コルーニャの県境を越えた。ここからサンティアゴ・デ・コンポステーラがあるア・コルーニャ県だ。カミーノも残りもわずか60キロ。ここからは歩いて30分から1時間の距離にチョコチョコと町が現れる。だから水分補給の心配がほとんどなくなる。1時間我慢すればどうにかなる。巡礼路からは見えないけれど、国道沿いはだいたいどこでも建物がある。


サンティアゴまでに通過する最後の大きな町、メリデに正午前に到着した。町に活気がある。ちょうどお昼時だからか(でもスペイン人はこの時間にご飯を食べないんだけど)、レストランやカフェでの呼び込みがすごい。「タコあるよ! タコあるよ!」みたいな掛け声も飛ぶ。ピザ屋の入り口に置かれたメニュー看板でもオススメはタコのピザ(11ユーロ)。テラス席でオリーブオイルがたっぷりかかったタコをツマミにビールやワインを飲んでいる人もたくさんいる。タコピザは一度食べてみたいかも。


メリデの郊外にある教会に立ち寄ると、入り口でえらく陽気なスペイン人のお兄ちゃんが「韓国から?」と訊いてきた。「いや、日本から」このカミーノでもう何十回と繰り返したやり取りのあと「アリガトウ、アニョハセヨ、クマノコドウ」と捲し立てる。間違っている部分が含まれているけど、まあそれは良いとして、「クマノコドウ」は意外だったから興味を惹かれた。意味が分かって言ったのかどうか。


「シニョール、これを見てみて」と言って彼が取り出したのはA4用紙を入れたクリアポケット。用紙の両面に挨拶や巡礼に関係ある日本語が読み方のローマ字とスペイン語の対訳と一緒にたくさん書かれている。「こんにちは」もちゃんとあるじゃん。そして「美丽」は日本語じゃなくて中国語だ。それはともかく、その中に熊野古道とかお遍路という言葉も見つかった。


彼の手元にあるクリアポケットは10枚以上。それぞれが1つの言語に対応しているから、やっぱりこのカミーノは色んな国から歩きに来ているんだなと改めて実感する。


それにしても今日は4つも教会に立ち寄ってスタンプを押してもらった。今まで教会は閉まっていることの方が多かったのに。スタンプをもらっていたスペイン人になんでだろうねと訊いてみると「うーん、ガリシアは観光地だから、観光客向けに開けているんじゃないかな」という答え。そうなのかも。ダニエルもガリシアは「ツリスティリーノ(観光巡礼)」が多いよと言っていた。


今日はほとんど休憩を取らないで歩いた。スタンプをもらいに教会に立ち寄ったのが休憩代わり。14時半にアルスアに到着した。宿にチェックインし、シャワーと洗濯を済ませる。いつも通りまずは一杯と思っていたけど、軒先に出ていたセットメニューの前菜の「マンゴーとリンゴのサラダ」に惹かれて早めの夕飯を食べることにした。レストランの中から外を眺めていると15時半になろうという時間でもたくさんの巡礼が店先を通り過ぎていく。今の今まで気づかなかったけど、これもサリア以降の新しい現象だ。それまでは13時過ぎには巡礼の姿がプッツリと途絶えてしまっていたのに。今日もアルスアの町に入る時も僕の前後を巡礼が何人も歩いていた。でも、目の前を通り過ぎていく巡礼の中に知った顔が一人もいないのがちょっぴり悲しい。みんな今はどこを歩いているんだろう? もうサンティアゴに到着した仲間もいるんだろうか。


宿でベッドに寝転がりながらこの日記を書いていたら、元米海軍のデイビッドから突然連絡が来た。「金曜日の正午までにはサンティアゴに着くから、夜にみんなで会おう!」まるで僕の心を読んだかのような連絡で驚いたけど、返事はもちろん決まってる。「すごい! じゃあ金曜日にサンティアゴで!」




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