8月26日 ポルトマリン〜パラス・デ・レイ 霧のち晴れ

ホテルの外に出たら町全体が霧に包まれていた。なんと幻想的な……などとは全く思わず、まさか一昨日みたいに昼から雨になるんじゃないかと戦々恐々とする。いつもなら2時間くらい歩いてから朝ごはんにするのだけど、今日は歩く距離も短いし、ポルトマリンのカフェででカフェコンレチェ、スペインオムレツ、チョコレートドーナツの朝食を食べてから出発することにした。


朝8時というのは多くの巡礼が歩き始める時間らしく、カフェを出たら通勤ラッシュみたいにたくさんの巡礼が一方向に向かって歩いている。僕の前後に合計で100人くらい歩いていて、僕がちょうど真ん中にいるように見える。でもきっと、実際にはどこにいてもやはり自分が行列の真ん中くらいにいるように見えるのだろう。


大きな川から霧が湯気みたいに立ち上っている。この霧すべてが川から発生しているんだとしたらすごい! 一体いつから霧を吐き出していたんだ?


昨日と同じような長い橋を渡ってポルトマリンの町を出る。霧で視界が悪いから今日は恐怖を感じない。この後は松やブナに囲まれた林道を徐々に登っていく。登り始めは周りの巡礼集団も元気いっぱいなのだけど、時間がたつに連れてペースが落ち始める人が増え、先頭集団といくつかの後続集団に分かれてくる。僕は後続集団をどんどんと追い抜いて先頭集団に躍り出た(と言っても、もっと先には別の集団があるはずだけど)。僕にはマラソンの趣味は無いけれど、マラソンもこんな感じなのかも。


1時間くらいして少し霧が晴れてきた。霧の合間から少し青空が見える。良かった! 今日は雨にならなそうだ。朝は気温14度で少し肌寒いくらいだったけど、ずっと土道や砂利道の登り坂を歩いているせいで暑くなってきた。バックパックを下ろしてパーカーを脱ぐ。そのパーカーをバックパックに括り付けていると、若いスペイン人の男性に「どこから来たの?」話しかけられた。「日本から」このあともしアニョハセヨーとか言われたらどうしようと思っていたら、日本語で「こんにちは」と挨拶してきた。おお! 日本語が話せるのか!


青年の名前はマルティン。大学の仲間たちと一緒に5人でカミーノを歩いている。マルティンは日本語のフレーズとか単語を色々知っているのだが、どれもアニメで覚えたそうで「無駄無駄無駄無駄」とか披露してくれた。それ、いつ使うんだ? 僕は日本のアニメはてっきり振替で放送されていると思い込んでいたけど、字幕の方が多い。だからアニメの中のセリフを覚える。しばらく一緒に歩いてカフェで休憩。日本やスペインの話題で盛り上がる。スペインでどこが最もおすすめの場所かというテーマで全員の意見が割れたのが面白い。みんな自分の出身地を挙げるのだけど、たぶん日本ではこうならないんじゃないかな? 好きなスペイン料理として「パエジャ」を挙げると、あれはバレンシア料理だから、と冷ややかな反応。そうだ、前も同じ失敗をしたのだった。チュロス推しの女の子がいたけど、それは明らかにスペイン料理じゃないぞ。結局、クロケッタとカチョポが良いという所に話が落ち着いた。クロケッタはスペインのコロッケで僕も何回も食べた事がある。カチョポは知らなかったけど、牛肉とハムとチーズの揚げ物でスペインのカツレツのような物らしい。見つけたら食べてみる事にしよう。


めちゃくちゃ英語の流暢な女の子がいて「サンティアゴまでの最後の30キロにあるレストランやバーには気をつけてね。その辺りでお腹を壊した人がなんにんもいるから」と有益な情報をくれた。ひょっとしたら生牡蠣とかかも。


休憩を長く取り過ぎたので、彼らに別れを告げてここからはちょっと早歩きにモード。登ったと思ったらすぐにまた下り坂になり、それがまた登り坂に変わる。アップダウンの繰り返しは歩きやすくないけど、高い場所から遠くを見渡すのは気持ちがよい。ただ、風景はこれまでのカミーノのどこかで見たような景色で新鮮さはない。なんかサリアからこっち、一泊したポルトマリンを別にすればそれまでの総集編を歩いている気分。


こうやって歩いて3日後にはサンティアゴにたどり着く。歩きながらサンティアゴに着いたらその後はどうしようかと考える。「さて次はどこを歩く?」みたいな深淵な話じゃなく、帰国日までの4日間をどう過ごそうかという意味。以前は、まあサンティアゴに着いてから考えればよいかと思っていたけど、その時はもう間近だ。


林道から見た時はほんの小さな村に見えたパラス・デ・レイは歩いてみたらそれなりにまとまった町だった。アルベルゲ(巡礼宿)にチェックイン。部屋の中でクシャミをしたら、部屋中から「ブレス・ユー」の野太い声が飛んだ。今日の同宿人はみんな英語圏の人間なのか? シャワーをチャチャっと浴びて、近所のコインランドリーで洗濯を済ませた。このカミーノで2度目の洗濯機利用。やっぱりたまには洗濯機を使いたい。


近くのバーで一杯やっているうにち飯時を逃し、夕飯まで3時間くらい時間を潰さないといけなくなった。バーやカフェで飲みながら喋っている巡礼の姿が目立つけれど、もちろん地元の人も多い。中心地の広場でヨガをやっていたり、カフェのテラス席でトランプに興じるおじさんたちがいる。スペインのトランプカードの柄は日本と違って硬貨、コップ、剣、棒の4つ。そのカードを使って僕にはルールが分からないゲームを4人でやっていた。四角いテーブルの真ん中に緑色のフェルトのマットを敷いているのがちょっと麻雀ぽい。手札を順番に1枚ずつ捨てていき、1番強いカードのプレイヤーが場のカードを総取りする。15分くらいゲームを眺めていたけど、強さの基準は結局分からなかった。そもそも見慣れない柄のカードは一目見ただけじゃ数字が把握できない。だんだん退屈してきたのでテーブルを離れた。


我慢強く町を歩き回ってようやく幾つかのレストランが営業し始めた。同じ通りを何度かぐるぐると回りながら目星を付けていた店まで来た。ここは19時オープンとある。入り口付近のテラス席で欠伸をしているおじさんに「この時間、夕飯食べられますか?」19時を回っているので訊くまでもないのだが念のため。「さあ、どうかな。厨房が開いていれば食べられるけど」うーん、スペイン時間、まったく当てにならず。でも結局OKだったようでテーブルにつけた。注文はシーフードのパエジャ(分かってるって! これは本物のパエジャじゃないんだろ? でも僕の好物なの!)。エビ、牡蠣、アサリ、ムール貝の豪華なパエジャで、醤油で味付けしているように感じたけど気のせいか? でもとにかく大満足! ご飯が美味しいと本当に1日が幸せだったと思える。

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