8月25日 ピンティン〜ポルトマリン 晴れ

いかにも外が寒そうだったからパーカーを着て外に出たら、やっぱり寒かった。気温10度。夏とは思えない。顔が突っ張る感じや指先がかじかむ感じがするけど、さすがに気のせいか。


畑や放牧場に囲まれた長閑な景色の中を1時間ほど歩きながら、住宅が少し増えてきたなと思っていたらいつの間にか大きな町に入り込んでいた。7階建くらいのホテルかマンションを口を開けながら見上げてしまった。もっと遠いと思っていたけど、これがサリアの町か。町中に「四国遍路友の会とサリア地区サンティアゴ巡礼路友の会との友好の証」なるプレートを見つけた。サンティアゴ巡礼路は長いし色んな道があるから、さすが、地区ごとに友の会があるのかと感心する。


サリアはカミーノでは特別な意味がある町だ。徒歩で巡礼達成しさるためには最低100キロ歩かなければならないが、サンティアゴから見て最低条件をクリアする大きな町がサリアで、巡礼の拠点になっている。だからここから歩き始める巡礼は多い。そういう話は何度も聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。町中を巡礼がゾロゾロと歩いている。前も後ろも巡礼だらけ。ちょっと異様な光景だ。


サリアの中心地は丘の上にあり急坂や階段が多い。ちょっとポルトガルのリスボンに似ているかも。サリアの町を通り抜け林道を進む。そして遮断機のない踏切を渡る。僕も巡礼行列の一員だ。


サリアから始めた巡礼は区別が付く。ものすごく軽装でグループが多い。ハイキングかピクニックに行くような雰囲気が溢れ出している。そのような巡礼を見ていると、ちょっとモヤモヤした気持ちになる。そんな気楽に、最後の100キロを歩いただけで巡礼達成? 冗談じゃない。こっちは3週間以上も前から700キロ近く歩いてきたんだ! 巡礼のスタイルは人それぞれ、色々あって良いはずだし、そもそも宗教色の薄れたカミーノはレジャーのひとつ。実際、僕だってスタンプラリーのような感覚で歩いている。だから身勝手な言い分なのは百も承知で、どうしても何か喉に引っかかるものがある。数日前に見た巡礼標識に書かれた落書きを思い出した。曰く「イエスはサリアから歩き始めた訳じゃない」。


巡礼だけじゃなく、「道」も明らかに変わったと思う。巡礼手帳に押す「スタンプあります」という立札や掲示板が増えた。スタンプで客を呼び込む土産屋がいくつもある。いわゆる観光地、大きな都市を別として、お土産屋なんか見たことがない。


露天商や旅芸人が用意したスタンプに行列が出来ている。僕がサン・ジャンでもらった巡礼手帳にはスタンプ欄が104ある。残りはあと19マスだ。サリアから歩き始めた場合、だいたい4日か5日の行程だから、スタンプは集まっても20ぐらいだろう。だから、積極的にスタンプを集める誘因があるのだと思う。カフェに人が溢れているのも新しい光景だ。「お客様以外のトイレの利用はご遠慮ください」という張り紙はしばしば目にしたけど、店員が実際に巡礼を追い出しているのも初めて見た。


ガリシア州では牛の放牧場をとてもよく見かける。堆肥の臭いが漂う道を歩いていく。時に鼻をつく、ツンとした発酵臭に息がむせる。


今日はなんとなく休憩を取る気にならなくて、ほとんど歩き詰めだ。ウルトレイヤ。どんどん先に進みたくなる。ガリシア州のカミーノ標識は石碑でサンティアゴまでの距離が10メートル単位まで細かく表示されている。例えば「119,852km」といった感じ。ちなみにスペインでは小数点を表すのに「.」ではなく「,」を使う。「119,852km」は決して11万9千キロという意味ではない。そしてとうとうファレイロスの村で「100km」の石碑に出会った! この石碑を1歩過ぎてサンティアゴまで残り100kmを切った!


遠くに白い町が見える。あれがポルトマリン? 歩き始めて5時間、ずいぶんと早足で歩いてきた事になる。ポルトマリンという名前は恐らくガリシア語だ。スペイン語ならプエルタ・マリーナ、海の港の意味だと思う。実際には海ではなくて大きなミニョ川に面している。


いよいよポルトマリンが間近に迫ってきて、川の大きさに圧倒された。これだけ大きな川はカミーノを歩き始めて以来、初めて見た。この地の人たちが海の港と名付けた理由がよく分かる。ミニョ川を眺めながら、だんだんと気分が晴れてきた。


川に架かる長い橋を渡ってポルトマリンの町に入るのだけど、この橋は僕にとって恐怖だ。僕は高い所が苦手で、美しい風景を横目でチラッと見ながら前方に神経を集中させる。出来るだけ欄干には近寄りたくない。周りはみんなキャッキャ言いながら写真を撮っているけれど。


30キロ近く歩いてきたとは思えないほど、まったく疲れてない。まだまだ歩けるけど、今日はポルトマリンに宿を取ってしまった。まあ午後はゆっくりとしよう。


町の中心地にあるサンニコラス教会で19時からミサがあるというので参加してみた。僕はクリスチャンじゃないけど、基本的にはミサに参加しても問題はないだろう。白い石造りで派手な装飾などないシンプルな教会にかなりたくさんの人たちが集まっていて、となりの男性が「人が多いなあ」と呟いていた。


緑のローブを着た神父さんが祭壇に登場すると、会衆が一斉に立ち上がった。なんだか裁判所みたいだ。神父さんの話は当然スペイン語なので、僕には全然理解できない。でも、たぶん聖書の一節を引きながら僕らにキリスト教の教えを伝えているんだろう。合間合間にみんなが短く復唱したり、アーメンと口にする。みんなクリスチャンなのだ。ハレルヤとか別の聖歌をいくつか歌い、神父さんが「汝の隣人を愛しなさい」とかなんとか言ってから、みんなが周りの人たちと握手を交わした。その後は神父さんから味のしない小さな丸い菓子をもらう。口で受ける人も手で受ける人もいる。僕は口に入れてもらった。最後は神父さんが色んな物をあちこちに移し替えしたりしてミサが終わる。


若い男性が教会の入り口に座りスタンプ台をセットすると、みんなが巡礼手帳を片手に列を作り始めた。なんだ、ほとんどみんな巡礼だったんだ。今日の午前中に抱いていたモヤモヤとした感じはもうすっかり消えた。どこから歩き始めようと巡礼は巡礼だ。僕も列に並んで、サン・ジャンと日本の2冊の巡礼手帳にスタンプを押してもらった。

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