8月22日 ポンフェラーダ〜トラバデロ 快晴

大きな町は「脱出」するのが難しい。今までもそうだったけれど、ちょっと目を離したすきに黄色い矢印がどこかに行ってしまう。方角的には西へ向かうはずという先入観が目を曇らせる事も経験済み……なのに学習しないのが情け無い。地図を片手にウロウロしていると、地元のおじさんが「カミーノはこっちの方だよ」と、矢印のある場所まで連れていってくれた。


「スマホばっかり見てちゃダメだ。ちゃんと自分の目で矢印を探さないと」

おじさんの言う事はもっともだけど、たいていの場合、矢印が消え道に迷ったからスマホを見ているのだ。口には出さないけれど、目の前のカップルもそう思っているのは顔に浮かべた苦笑いから分かる。そう、おじさんは僕を含めて3人の巡礼を先導していた。


でも助かった! おじさん、ありがとう! 正しい巡礼路に復帰して歩いていると、正面から太陽に照らされて眩しい。カミーノを歩き始めて以来、東に向かって歩くなんて初めてだ。これも道を外れてしまった理由なんだよなあ(と言い訳してみる)。


ポンフェラーダの郊外まで来た時にはいつも通りに太陽を背中に背負って歩く。郊外はとなり町の起点と混じり合っていて、道沿いに住宅やカフェなどが並んでいる。少しばから田園風景が増えてきたなと思っても、またすぐに住宅やカフェに囲まれる。カフェでは軒先のテラス席で巡礼や地元の人たちがカフェコンレチェを飲みながら楽しそうに話をしている。スペインのどこでもお馴染みの光景だ。今はだいたい10時くらい。僕もひと息吐こうかと思ったけれど、今日はこの調子で町が小刻みに続くので、もう1つか2つ先まで行ってからにしよう。


おばあちゃんがベンチに座っている。「こんにちは」と挨拶すると、「ひとつ持っていくかね」と言いながら、膝の上に置いたビニール袋から真っ赤なトマトを1つ取り出した。かぼちゃみたいに横長のトマトだ。四国遍路ではこんな風によくミカンをもらった。ありがたく受け取った。「すぐそこに水道があるから水も汲んでいきなさいね」とニコニコしながら声を掛けてくれた。本当に四国遍路のお接待みたい。近くで立ち止まり、さっそくトマトを2つに割って食べると瑞々しくて美味しい。喉が渇いていたのでありがたい。


教会の入り口から「スタンプ、いかが?」とおばさんに声を掛けられた。こういう「呼び込み」は珍しい。巡礼手帳に押してもらうスタンプはもちろん無料だけど、目の前のお皿に小銭が貯まっているのを見ると、僕も何がしかの心付けをしないとマズいだろうなという気分になる。1ユーロの半分、黄色の50センティモ硬貨を皿の上に置く。無言の圧力を感じるのは日本人の僕だけではないみたいで、最初から「要らない」と大声で返す巡礼や、「スタンプ、タダなの?」と聞き返す巡礼もいた。僕の場合、お金を払う(寄付する)事自体は全然構わないのだが、金額が決まっていない事に決まりの悪さを感じる。チップと同じだ。明確な金額を提示してほしい。


「巡礼手帳はどう? スタンプを押すためのスペースは足りる?」予定では巡礼もあと1週間くらいなので、スペースが足りなくなることはない。でも、テーブルの上に輪ゴムで束ねてある巡礼手帳の表紙を見ていて、買っても良いかという気になってきた。僕は巡礼を始めたフランスのサン・ジャンでフランス語表記の巡礼手帳を手に入れた。また、それとは別に、日本から日本語の巡礼手帳も持参した。カミーノと「姉妹巡礼路」である和歌山県の熊野古道の巡礼手帳と一体化した物で、これは東京の有楽町にある和歌山県のアンテナショップで手に入れた。そして目の前の巡礼手帳はスペイン語表記のもの。スタンプは押さなくても記念品に相応しい。


「スタンプ、いかが?」次の町でまた教会の入り口から声を掛けられた。もう要らないなと思ったものの、さっきの教会ではスタンプを押してもらったのに、こっちの教会では断るというのも悪い気がして足を止めた。もちろん、こっちの教会のおばさんはその事実を知っているはずもないのだけど。中途半端だとは思ったけれど、30センティモを小皿の上に置いてきた。さっきと同じようにテーブルの上に寄付箱が置いてあったけど、中身はだいぶ少なかった。さっきの教会でスタンプをもらったから、こっちはいいやと思った巡礼が多いのかも。


昨日と比べたら今日の道はほとんど平らと言ってもよい。でも、「ほとんど」というのが曲者で、緩やかなアップダウンが断続的に続く。そして、そのなだらかな下り坂が筋肉痛に響く。今朝は久しぶりに筋肉痛になった。左右の太ももの膝より少し上の筋肉と、腰に近いお尻の上の方が痛い。筋肉痛になると、登り坂と下り坂と平坦な道では歩く時に使う筋肉が全部違うという事が身をもって理解できる。カカベロスからビジャフランカ・デル・ビエルソまでは自然路を徐々に登っていく。登りは疲れるけど、今日は足には来ない。でも、登った分はまた下るわけで、それがキツい。


ビジャフランカまでの道では久しぶりに葡萄畑を見た。やはり土は赤茶色。前にナバラで見たのと同じ。


ガイドブックによると、ビジャフランカは11世紀に巡礼人気の高まりと共に発達した町だ。町の入り口には公営巡礼宿(アルベルゲ・ムニンシパル)があるし、ポンフェラーダの城には規模でかなわないけど町中にお城もある。そんな由緒ある巡礼の町の巡礼路は大広場周辺が大規模工事の真っ最中で、道がガタガタだった。住民なのか観光客なのか分からないけど、そんな工事現場みたいな場所で家族写真を撮っていた。もっとほかに場所があるんじゃないか。


そろそろ13時を過ぎて、日中の日差しが一番強くなり始める時間帯だ。ビジャフランカに宿をとる巡礼は多そうだけど、僕は今日このあと10キロ歩かなくてはならない。事前に宿を決めておくと安心感があるけど、融通が効かなくなるのは明らかなデメリットだ。


ここからはずっとアスファルトの舗装道。側道ではなくて歩行者用の通路を歩く。四国遍路ではこのタイプの道が最も多いけど、カミーノでは珍しい。歩きやすいから僕は嫌いではない。


いつも通りだけど、この時間になると巡礼が姿を消す。前にも後ろにも誰も歩いていない。たまに自転車の巡礼が僕を追い越してゆく。自分だけが歩いているように錯覚するこの時間をどう感じるかは日によって違うけど、今日はなかなか心地よい。理由はいくつかありそうだけど、まずはずっと左手に川が見えていて、自動車の音にかき消されなければせせらぎの音が聞こえること。あとは、歩きながらずっと左右に山が見えていること。しかも木が折り重なって厚みのある「本当の山」ができている。あとは宿のあるトラバデロの町に向かうだけだから、急ぐ必要もない。日差しは強いけど、山や川を見ながらゆっくりと歩こう。


トラバデロまであと4キロの場所に小さな集落があった。閉鎖された巡礼宿の軒先でちょっと長めの休憩を取る。今日はここまでですでに30キロくらい歩いている。ついさっき、集落の入り口で見かけた60代くらいの夫婦がやってきた。イタリア語で何か話し掛けられたけれど、僕はイタリア語は全く分からない。僕が英語で話しかけても、どうやら分からないようだった。でも、身振りから、この巡礼宿が閉まっているのかと訊ねているのだと何となく分かる。僕が頷くと2人で何やら話し始めた。どうやらこの宿を当てにしていたらしい。トラバデロ、次の町の名前と「どれくらい」という単語が聞こえた(この単語はイタリア語もスペイン語も同じ)ので、ここから4キロの所にありますよとスペイン語で話すと分かってくれた。言葉が似ているというのは便利なものだ。

「君もそこまで行くのか?」

「はい、そうです」

2人もちょっと安心したみたいで、僕もほっとした。彼らが無事に宿が取れるとよいけれど。


さて、十分に休んだことだし僕もそろそろ出発。長く休むとすぐに元気いっぱい歩き出せるかというとそんな事はなく、むしろ筋肉痛のせいでしばらくは歩きにくい。途中の休憩所で休んでいた先ほどの2人に手を振って、先に進む。朝、宿を出てからぴったり8時間、トラバデロの宿に到着した。今日は長かった!


ありがたい事に併設されたレストランではすぐに定食にありつけた。朝からチョコクロワッサン1つしか食べてなかったから腹ペコも腹ペコで本当に助かった。飲み物は水かワインの選択でワインを選んだら、なんとグラスと一緒に赤ワインのボトルが出てきた。良い宿を選んだ! あとで良いレビューを書いておこう。

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