8月18日 アルカウエハ〜ビジャダンゴス・デル・パラモ 晴れ

朝起きたら、2週間ずっと続いていた左足首の痛みがだいぶ引いていた。巡礼中は毎日歩くのだから痛みは消えないとあきらめていたので意外だった。ここ数日はずっと平坦な道を歩いていたからだろうか。


朝7時20分に宿を出発し県道沿いの巡礼路を歩いてレオンに向かう。レオンはレオン県の県都で、かつでのレオン王国の首都でもある。つまり大都市だ。昨夜一泊したアルカウエハの町からレオンまでの道のりで建物が完全に途絶えてしまうことはなく、何かの会社の倉庫だとか車庫だとかいった建物がポツポツと見える。さらにレオンに近づくと町が緩やかにつながり始める。前方にレオンが見える!


緩やかな下り坂を歩いてレオンに入った。日曜日だからなのか、路上を歩いている人がほとんどいない。「エル・コルテ・イングレス」の看板を見つけた。これはスペインの主要都市にある百貨店のチェーン店で、これがあるということはやっぱりレオンは都会なのだ。小さな町や村ばかりを通過してきたあとに都市を見ると、気分が盛り上がる。僕を歓迎するかのように正面の空にカラフルな気球まで浮かんでいる! どんどんこちらの方へ向かってくるので、何枚も写真を撮りながらベストショットを狙う。


人通りが少なく全く静かそのものの街中で黄色い矢印を追いかけていく。都会にしては地面や壁にたくさんの手書きの矢印が多くて助かる。「公式」の帆立貝もたまに目につくけど、これだけじゃ巡礼を導くには少なすぎる。左に曲がってしばらく進み、今度は右に曲がってしばらく進みと、なんか遠回りさせられている気がしないでもないが、おとなしく矢印について行く。さっきまでは住宅がほとんどだったが、中心地に近くなると店が増えてくる。まあ今日は日曜日なのでどこも閉まっているのだけれど。数少ない営業中のショップはガソリンスタンドに併設されたショップ。ここで1リットルの炭酸水を買った。


レオンにはローマ時代の城壁が残っている。この城壁に囲まれた旧市街に入ると街がいわゆるヨーロッパっぽい雰囲気に変わる。石造りの建物に挟まれた狭い路地をどんどんと進んでいくと視界が急に開けた。正面にいかにも19世紀のスペインを思わせる豪華なホテルのような建物が建っている。観光名所だと一目で分かる。広場に豪華ホテル風建築物と向かい合うように置かれたベンチの端にはヒゲのおじさんが腰掛けていて、もう一方の端には背もたれに鳩が留まっている。このおじさんはアントニ・ガウディ、正面のカサ・ボティネスを手掛けた建築家だ。ガウディといえばサグラダ・ファミリアであまりにも有名で、バルセロナ市内の一連の建築群は世界遺産にも指定されている。でも、バルセロナ以外にもガウディ建築があるとは知らなかった。レオンが今日のゴールだったら中に入って見学したいところだったけれど、それはあきらめた。代わりに、行き掛かりの巡礼にガウディとのツーショット写真を撮ってもらった。


さて、この後はどっちへ進めばよいのだろう? 周りを注意深く見回してみたけれど矢印も帆立貝も見当たらない。ここが僕の迂闊なところで、地図アプリとガイドブックの地図を照らし合わせて現在地を確かめればよかったのに、深く考えないままに、先ほど写真を撮ってくれた巡礼の後を追い始めた。これが間違いで、確かにレオンの出口に向かう方角は正しかったものの(それくらいは僕にも分かっていた)、正規の巡礼路を外れてしまい、それだけでなくレオン観光で絶対に外せない、ゴシック様式の重要文化財、レオン大聖堂を見逃してしまった。大聖堂に立ち寄らないというのは巡礼としてもどうかと思う。


でもまあ過ぎた事は仕方がない。途中から巡礼の姿も見失い、色々と試行錯誤した末にレオン郊外で巡礼路に復帰した。大きな街は迷いやすい。これは何度か経験済みだったが、「だから大きな街は嫌なんだよな」などと、レオンに入った時とは正反対の思いを抱きながら再び歩き始めた。


郊外といっても住宅や商店などの建物はたくさんあり、僕が歩いているのも街中のアスファルトの舗装道だ。登り坂の途中で巡礼に果物や飲み物を振る舞っている「お接待所」を見つけ、そこで生搾りオレンジジュースをもらった。代金は「ご厚意」というので2ユーロ硬貨を寄付箱に入れたのだが、大金を払い過ぎたとすぐに後悔した。この辺り、自分でもケチだなと思う。接待所のおじさんに「今日は朝からほとんど巡礼の姿を見ていないんですけど、おじさんはどうですか?」と訊ねてみた。「朝7時からここにいるけどね、君が今日の1人目だよ」とおじさん。今はもう10時過ぎだ。僕の前にも巡礼はいたはずだから、0というのは有り得ない。きっとほかにも並行する道があるのだろう。


そういえば、心理学者のイギリス人スチュアートは今回の巡礼はレオンで打ち切ると言っていた。他にも同じような巡礼はたくさんいるのかもしれない。だから、レオン後は巡礼が少ないのでは? でもすぐに思い直した。その分、レオンから歩き始める巡礼だっているはずだ。だから、これは今日、巡礼を見かけない理由には全然なっていない。そんな事を考えながら歩いているうちに、ラ・ビルヘン・デル・カミーノの町に入っていた。町と町がつながっているので風景も連続的に変わっていく。


この町を過ぎて、ようやく道沿いから建物が消え始めた。あとは今日のゴールまで、幹線道路に並行して並ぶ砂利道をひたすら歩いていくだけだ。そして突然、あれ、給水は大丈夫だよな、と不安になった。朝方にガソリンスタンドで買った生温い炭酸水がペットボトルに半分残っている。でも、この後の13キロを歩くのに、さすがにこれだけでは足りない。気温が31度くらいまでしか上がらないとはいえ夏なのだ。さっきまでずっと町を歩いていたので、喉が渇いたと思えばカフェやバーがいくらでもあった。その感覚が抜けてなかったのだ。慌てて地図を確認すると4キロ先と6キロ先に町がある。ほっと安堵したけれど、頭が全然働いてなくて我ながらゾッとする。


途中、スペインでポピュラーなビールの銘柄と同じサン・ミゲルという町のレストランに立ち寄って巡礼向けの定食を食べた。ちょうど正午だったし、今日は朝ごはんを抜いていたのでお腹も空いていた。煮込んだパプリカ、ズッキーニ、オニオンのスパゲッティが塩気も効いていてとても美味しい! セットドリンクは水かビールの選択と言われ、思わずビールを頼んでしまった。だってこの2択で水なんて選べないよ。今まで、宿に着くまではアルコールを飲まないようにしていたから、自分で禁を破ってしまった。明日からはもうしません。でも、やっぱり最高。まあ今日はあと2時間も歩かないから、と必死で自分に言い訳する。メインはポークとポテト。これも美味しかった。値段も手頃だし、巡礼定食は本当に助かる。


14時半に宿に到着。今日も30キロの道のりをだいたい7時間で歩いた。昨日、一昨日と全く同じペース。そういえば、今日は顔見知りと一度も会わなかった。ちょっと寂しい。

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