8月17日 エル・ブルゴ・ラネロ〜アルチャウエハ 晴れ

昨日よりも30分早く歩き始める。今は7時20分。気温は16度。畑に挟まれた真っ直ぐに伸びる砂利道を歩くのは昨日までと変わらないけれど、道が伸びる方角が違うことに気がついた。周りに何も遮る物がなければこの時間はちょうど地平線の先に太陽が顔を見せる。昨日までは長く真正面に伸びた自分の影を追いかけるように歩いていたのが、今日は影が左側の畑に落ちている。北西に進んでいるわけだ。


この時間からすでに歩き始めている巡礼は僕ひとりだけではなく、前方にも後半にも小さく人の姿が見える。時折、自転車が僕を追い抜きざまに「ブエン・カミーノ!」と声を掛けていく。砂利道を歩いていくと30分間隔くらいで休憩用の石のベンチを見かける。そのうちのひとつで南アフリカ人のワイネに再会した。「調子はどう?」と声を掛け合う。


僕は全然休憩も取らずに3時間ほど歩き続けてしまった。たまにこれをやってしまう。午前中は歩き始めであまり疲れていないのと、この3時間の行程の途中に町や村がなかったのが理由だけども、本当は定期的に5分くらいの休憩を挟んだ方がよい。そうしないと、経験上、あとから疲れが一気にくる。


でも、ようやく見えてきたレリエゴスの町の入り口にあった1軒のカフェで朝食をとることにした。おなじみのスペイン風ポテトオムレツとスペイン風カフェオレ、それとチョコクロワッサン。僕の朝食はこの組み合わせが多い。店内はお香が炊き込まれていてちょっと鼻にくる。これじゃ食べ物の味が分からないんじゃないか。そして、中国っぽい大黒様のような置物や中華レストランでよく見かける「招福」の縁起物の飾り、虎の絵画などが棚や壁を占めている。店の主人はきっと中国ファンなのだろう。


朝食を終えて席を立とうしていた時、白い髭を長く伸ばした仙人ぽい主人に声を掛けられた。「韓国人か?」この店の内装からしたら、そこは中国人かと訊ねるべきだろ、と僕は思ったが「いえ、日本人です」と答えた。「おお! 日本はわしの1番好きな国なんだ!」と仙人。なんだか色々とミスマッチがあるような気がする。でも、日本好きは本当のようで、正面の大きな香炉についた隠し扉を開けて、中から野口英世の千円札を取り出して僕に見せた。どう反応してよいか分からず、ひとまず「すごく良いですね」と答える。


ちょっと来てみてくれ、と仙人に呼ばれてカフェの奥にある別室に入ってみると、高さ50センチくらいの仏像と、3本の日本刀が飾ってあった。まさかスペインで日本刀を見るとは思わなかった。仏像が身に付けているネックレスがまた日本と関係があるらしいのだが、仙人のスペイン語が理解できず、それはよく分からなかった。でも、ひとまずにこやかに頷いておいた。これも、日本のサムライだろう? と言いながら指差した先の絵は横山光輝の『三国志』に出てくる登場人物のようだったが、うまく説明できる自信はないので「そうです」と答えた。仙人の日本愛が本物なのは分かったので、それだったらせめて店の軒先にぶら下げた国旗に韓国だけじゃなく日本も加えて欲しいと思う。


この辺りから少し風景に樹木が増えてきた。今までは緑と言えば向日葵や背丈の高いとうもろこしの畑がほとんどだったが、林が増え、巡礼路が林の中を通ることもしばしばだ。やはり、この方が歩くのも楽しい。


マンシジャ・デ・ラス・ムラスからプエンテ・ヒジャレンテへ。この2つの町はどちらも幹線道路沿いに広がる少し大きめの町だ。ここまで来れば、僕の今夜の宿を予約した次の町までは1時間くらい。そう思って気が抜けたら、急に歩くのが嫌になってきた。たぶん、午前中に休まず歩き続けたのが効いてきたのだろうけれど、こんな風に歩きたくなくなるなんで、真夜中の強行軍を強いられた2日目、3日目以来のような気がする。


でも、ゆっくり歩いても1時間半はかからないだろう。そう思えば大した話ではない。町外れに「サンティアゴ・カミーノ文化センター」なる看板を掲げた建物を見つけた。四国遍路にも88番札所に向かう途中に遍路関係の資料を取り揃えた「遍路交流センター」がある。これと似たようなものだろうか。興味を持ったけれど、開いている感じがなかったので寄らなかった。建物はまだ新しそうだったのに。


ダラダラと歩きながら今夜の宿に到着! 歩き始めてからちょうど7時間。今日も30キロ歩いたから、僕としてはかなり速いペース。最高気温も31度くらいまでしか上がらず、道が平坦ですごく歩きやすいのが大きい。でも、もう少し休憩を入れ、ペースを落としてもよいかも。明日からの課題。

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