8月16日 モラティノス〜エル・ブルゴ・ラネロ 快晴

予定していたよりも遅く起きた。みっちりと8時間は寝ているはずなのに眠い。自覚はないけど疲労が蓄積しているのかも。7時40分に歩き始める。気温は15度。まあ、歩くにはちょうど良いくらい。


町を出ると風景は昨日とほとんど同じ。畑を左右に隔てる砂利道を歩く。でも違いもある。畑はほとんどが向日葵畑だし、右側には送電線を支える電柱が一定間隔で立っているし(電柱と言っても日本みたいな丸太型じゃなくて使い捨てカミソリを垂直に立てたような形)、道もちょっとばかり蛇行している。思いがけず、歩き始めて30分もしないうちに次の村が見えてきた。我ながら朝の歩き始めはかなりスピードが出ている。ここで朝食を食べてもよいかなという考えが頭をよぎったけれど、僕にとってはまだ少し早い。1時間半も歩けば次の町に着くはずだからそこまで待とう。


幹線道路沿いの砂利道を歩いていると前方にかなり大きな街が見えてきた。あれがサアグンか。昨日も道路標識では見た名前だ。面白い事に小さな町や村、集落は突然始まる。ここからここまでが村! という範囲に住宅、お店、教会、広場、すべてがぎゅっと集まっているからだ。でも大きな町は道沿いにポツポツと建物が増え始めるので、ここからが街という境界線が曖昧だ。サアグンの街も近づくにつれて徐々に建物が増え始めた。


ビールの宴を共にしたドイツ人マイケルとテキサスのデイヴィッドと再会した。彼らはサアグンの街で「巡礼半分達成証明書」をもらうのだと言う。サアグンは僕が巡礼を始めたフランスの町、サン・ジャン・ピエド・ポーからサンティアゴまでの中間地点なので「半分達成」。でもよく考えるとこれはおかしな話で、僕が歩いている「フランス人の道」は必ずしもサン・ジャンがスタート地点という訳ではなく、実際にもっとはるか遠く、パリとかその他の僕の知らないフランスの町から歩き始める巡礼も多い。彼らにとっては半分でもなんでもない。でも、まあよい。とにかくその証明書をなんとかいう教会で発行してくれるのだそうだ。そういえば昨日の夕食でも誰かがそんな事を言っていた。その教会は巡礼路を外れるし、今の今まで全く考えてもいなかったけれど、僕も証明書をもらいに行くことにした。


ちょっとしたお城みたいな、茶色の壁の教会だ。パスポートと巡礼手帳を見せて証明書を受け取る。証明書を丸めて入れられる筒も貰う。もちろん有料。教会の入場券も含めて4.5ユーロ。良い記念になった! 教会の内部には特に見るものもなかったけれど。


教会を出ると、昨夜の宿で一緒だったイタリア人青年と出会した。彼はポケモンカードのコレクターで、昨夜もプラスチックの透明ケースにきちんと仕舞われたポケモンカードの「写真」を何枚も見せてくれた。面白いのは、彼はポケモンカードに書かれたカタカナの名前は読めないのに、ポケモンの名前は完璧に理解している。僕はピカチュウしか知らないけれど、カードに書かれたポケモンの名前は読めるので彼をテストする。お見事、全問正解! 彼はいつか日本に行ってポケモンカードを買い漁りたいそうだ。ビバ、クールジャパン!


「東京から京都までのトラッキング道があるだろ?」とポケモンの彼。最初は何のことか分からなかったけれど、どうやら東海道のことらしい。信じられないけれど、外国人の間で東海道を歩くのが流行っているそうだ。でもそれ、本当か? 聞いたことがない。そして、そのトラッキングでは誰もが知る日本メーカーのバックパックを背負っているのだそうだ。そのメーカーに全く思い当たらず首を傾げていると、彼がスマホを調べて「これだ」と見せてくれた。うん、見たことない。正直にそう答えると、お前は偽の日本人だと言われた。ポケモン好きな日本通にそう言われたなら仕方ない、受け入れよう。


サアグンから今日のゴールまでの17キロほどは再び幹線道路沿いの砂利道。途中に2つ、小さな村を通る。この辺りでは茶色いレンガ造りの家をよく見かける。地域によって建物の見た目が少しずつ違う。1つ目の村で、にこやかな笑顔を浮かべたおじさんに「こんにちは!」と挨拶した。「どこから来た? 韓国か?」やはりここでも韓国が優先のようだ。「ううん、日本からだよ」するとおじさんは少しも笑顔を崩さず「そうか、日本か。首都はソウルか?」うーん、これは初めてのパターンだ。たぶん、彼にとっては同じ極東の国なのだろう。僕が首都は東京だよと答えても、なんだか腑に落ちていない感じだった。


ここ数日でとても感じる事なのだが、ここまで来るとどの町でもたいてい顔見知りに会う。その都度、まるで旧友との再会のように嬉しくなる。僕のカミーノもいよいよ成熟ステージに達したのかもしれない。


今日は楽しかった事がもうひとつ。それは線路沿いを歩けたこと。僕は幼少の頃から電車を見るのが好きで、今でも線路を見ると電車が来るのを期待する。スペインにはバルセロナやマドリードの大都市を拠点として発達した鉄道網がある。でも、末端の町同士は鉄道で繋がれておらず、蜘蛛の巣状にはなっていない。だから大多数の旅行者にとっては縦横無尽に走るバスの方が便利で、電車の本数は決して多くない。それでも2時間ほど歩く間にアベ(スペインの新幹線)が走り抜けるのを2回見て満足した。


今日の町に到着……のはずなのに、予約したホテルが見当たらない。おかしいなあと思って地図アプリに宿を表示してみると、町からずいぶんと外れた場所に見える。嫌な予感がする。アプリに誘導されて町から離れていく。先の方に「ホテル」のデカい看板が見える。さっき歩いてきた道からも見えていた看板で、あそこだと巡礼路からちょっと外れているから不便だろうなと思ったホテルだった。果たしてそこが僕の今夜の宿だった。


でもまあ、町から歩いてみると実際には1キロほどしか離れていなかった。よかった。まずはひと安心。実際に到達すると、そこは高速道路のサービスエリアのような感じの場所で、幹線道路沿いに位置する、ガソリンスタンドとコンビニとレストランとホテルがすべて合わさった建物だった。これはかえってラッキーだったかも! なぜかと言って、レストランもコンビニも24時間営業だからいつでも食べ物や飲み物が手に入る。何より、夕飯の時間帯まで待たなくてもちゃんとした食事がとれる。これはスペインではかなりレアだ。


ざっと洗濯とシャワーを済ませて階下のレストランの扉を開く。15時にして店内はほぼ満席。本当はスペイン人もこの時間にご飯食べたいんじゃないの? 夕飯は早くても19時からという習慣はそのうちきっと消滅するに違いない。

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