8月15日 カリオン・デ・ロス・コンデス〜モラティノス 快晴

6時に鳴った目覚ましを止めてからもしばらくベッドの上でじっとしている。眠い。眠気覚ましに熱いシャワーを浴びようとしたら、水がお湯に変わらなかった。まあ、眠気は覚めた。ホテルの屋外プールに蓋がしてある。夜のうちにスタッフが来たということか。まだ6時台は外が薄暗い。ほとんどのカフェやショップもまだ閉まっていて、床屋さんの入り口でクルクルと回っている赤白青の回転灯がそこだけやたらはっきりと光っている。


それにしても寒い。薬局の軒先にある電光板には気温10度と表示されているけれど、さすがにそれはないだろうと思って自分の温度計を見ると13度だった。こっちの方が実感に近いけれど、いずれにせよ寒いわけだ。町外れ、ロマネスク様式の巨大なモニュメントがある所まで歩いてきて、さすがにパーカーを羽織ろうとバックパックをいったん下ろした。前方に2人の巡礼がやはり着ている物をゴソゴソとやり始めた。彼らも寒いんだろうなと思ったら、2人とも1枚脱ぎ始めた。身体の作りが違うのか。


橋を渡り県道沿いに4キロ歩く。段々と空が明るくなってきた。周りは小麦畑かとうもろこし畑以外何もない。遠くには雑木林が見える。快晴の空が朝日を受けて雑木林の上に紫、ピンク、オレンジ、青のグラデーションを作っていて美しい。なんか朝から気分が良い。


しばらくして県道を左にそれると、小麦畑の真ん中をひたすら続く白い砂利道を歩く。たまに道の右側か左側か、あるいは両側にブナかカバの木が並んで緑の壁を作る。はるか北の方にゴツゴツとした山が霞んで見えるのが少し新しいと言えなくもない。でも、それだけ。砂利道はアップダウンも全然ない平らな大地で左右にカーブすることもなく一直線に伸びている。これが12キロほど続く。これまでに通ってきた道と比べても群を抜いて単調退屈な道なのに、今日はそれが苦にならないから不思議だ。まだ午前中で日差しがきつくないから? それもある。歩き始めたばかりで全然疲れてないから? それもある。久しぶりに洗濯機で洗った清潔そのもののズボンや靴下を身につけているから? それもある! でも、そういう1つひとつの要素の集合とは別の、上手く説明できない何かによって歩いている時の気分が大きく左右されるんだと思う。よく分からないけれど今日は気分良く歩けているな、という日がほかの巡礼にもあるんだろうか。


カルサディージャ・デ・ラ・クエサの町までほとんど休憩も取らずに17キロの道のりを歩いてきた。物理的な話で言えば、今日は荷物を丸々3キロ増やしてしまったので肩が痛い。地図上、その17キロの道沿いには町や村や集落が一切ないので、万一の事を考えて1.5リットルの水とアクエリアスのペットボトルをバックパックの左右に押し込んできた。実際には陽気が涼しいせいで飲み物なんてほとんど口にしなかったけど。という事で、ちょっとお腹も空いたし、ここらで座って休みたい。


カウンターの上にお馴染みのトルティージャ(スペイン風ポテトオムレツ)だけでなくバナナケーキとかチョリソー(辛いソーセージ)が載っかっているのを見て食欲がそそられた。カフェ・コン・レチェと一緒に注文した。しめて7ユーロ。


食べ終えてカフェを出る時、2日前の晩の「ビールの宴」で一緒だったドイツ人と再会した。あっという間に中身を飲み干し、空になった大ジョッキの山を思い出しながら、それにしても君はよく飲んだよなあと僕が言うと「ドイツ人にとってビールは水と同じなんだ」と言ってのけた。「でも僕の胃は日本製だから」と返しておいた。実は昨夜も町中で僕の姿を見かけたのだが、僕がカメラ片手に町を観光していたので声を掛けなかったそうだ。危ない危ない、また宴に引き摺り込まれてしまうところだった。


このあとも、今日の午前中に見た風景がランダムに組み合わさって登場した。まあ風景はそれで構わない。午後の1番暑い時間帯になろうとしていたけれど、今日はそれでも25度と涼しい。極めて快適。アジア人の女性巡礼がひとりで歩いていた。ブエン・カミーノのあとに「どこから来たの?」と訊ねると台湾からという答え。今回のカミーノで3人目の台湾人だ。僕が日本からと答えると「初めて日本人の巡礼に会った!」やっぱり日本人は少なそうだ。彼女は旅行で日本を訪れた事があり、東京、京都、北海道に行ったそうだ。イギリス人教授のスチュアートとまるっきり同じ組み合わせ。僕の頭の中だと東京、京都、のあとには大阪が続くはずなんだけど、最近は違うらしい。


カミーノで出会った巡礼は僕が日本人だと知ると日本をベタ褒めしてくれる事が多い。文化やホスピタリティやテクノロジー、実際に旅行した事がある場合は具体的な場所の美しさとか素晴らしさなど。聞いているこっちが少し恥ずかしくなってしまうくらい。それと同時に、例えば今から20年後も同じように言ってくれるかな? と考えてみると、残念ながら答えに全然確信が持てない。


今日の宿があるモラティノスの村に到着。人口100人くらいの小さな村に見える。村の中心地にブランコや滑り台が備え付けられた公園があって、周囲の樹木に手製のカラフルなタペストリーが国旗のようにつるさげられている。カリオンを出てからちょうど7時間。陽気のせいもあってかなり早いペースだった。明日はもう少しゆっくりと歩いてもよいかも。

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