8月14日 バアディジャ・デル・カミーノ〜カリオン・デ・ロス・コンデス 晴れ時々曇り

今日はいつもより遅く起きた。7時半起床、8時10分出発。チェックアウト時に昨日の夕飯とビールと炭酸水のお金を精算し、昨日何回頼んでも「また、あとでな」と言われたスタンプをようやく巡礼手帳に押してもらう。


今日の行程は距離が短いだけでなくアップダウンもほとんどない。もちろん、本当はもっと先まで歩きたかったのだが、いかんせん次に宿のありそうな村までは17キロくらい離れているので、今日中に行き着くのは無理ではないけど大変だ。


2年前、四国で歩き遍路をした時は10日目あたりから歩くペースが落ち始めた。疲れが溜まってきたのが原因だと思うけれど、今回はそんな感覚がない。もっとも30キロを休憩しれて8時間くらいかけて歩いているから、ペース自体が初めからゆっくりだとも言える。


だから体力的な問題はないとしても、ずっと歩き続けているとそろそろ歩くのに飽きてくる。気持ちの問題が出てくるのだ。10時くらいに立ち寄ったカフェで少し遅めの朝ごはんを食べていると、もうすっかり顔馴染みになった心理学の教授夫妻がやってきた。「この先はどっちの道を行くんだい?」と訊かれた。国道沿いか川沿いか。教授は断然、川沿いを勧めてきた。前回の巡礼では国道沿いを歩いたのだが、眺めも悪く、車の排気ガスもすごく、歩いていて楽しくなかったそうだ。彼らは小休憩してから歩テーブルを立ち、僕は「またあとで! 追いつくよ」と言葉をかけた。


教授のアドバイスにしたがって川沿いの道を歩いているのだが、国道沿いよりマシかもしれないけれど、まあそれ以上でもそれ以下でもない。松やブナの木が茂っていて、足元にはたんぽぽやチコリーの花が咲いていて、道は砂利道か土道というのもありふれている。12時を回っても気温は31度くらいで、今日は雲もいくらか多くて太陽がちょくちょく雲に隠れる。つまり、歩きやすい陽気の中、歩きやすい道を歩いているので、「任務を快調にこなしている」感はあっても、楽しいという感じがしない。まだサンティアゴまでの道は半分も残っているのに。何か驚きや新しい刺激が欲しい。


一昨日だったか、メセタからの下り坂でアルメニア出身の巡礼が「カミーノはただのハイキングじゃなくて、身体・精神・魂のトレーニングなんだ」とか言っていたのを思い出した。肉体的な意味ではなく歩くのが辛いと思っても、自分で歩を進めない限りサンティアゴには絶対に到着しない。確かにカミーノは精神のトレーニングという意味合いはある(ただし魂のトレーニングというのは僕にはピンとこない。宗教的な何かなんだろうけど)。


国道沿いの道と川沿いの道が再び合流する場所にあるのがビジャルカサール・デ・シルガという小さな町。町の中心地にパブロ・パジョという人の銅像が飾られていた。テンガロンハットのようなつば広の帽子、正面が左右に割れたヨダレ掛けのような物を身につけ、お茶のポットとティーカップが置かれたテーブルの前に杖を持った姿勢で座っている。帽子の正面とよだれ掛けの左右に帆立貝を付けている。この人物はサンティアゴ巡礼宿の主人なのだそうだが、銅像が建てられたくらいだから、まあ一角の人物であることは間違いない。銅像の写真を1枚撮り、そのまま立ち去りかけたのだが、たまたま地元の家族が通りかかったので、銅像との2ショット写真をお願いしたら「もちろん!」と言ってパシャリと撮ってくれた。こんな何気ない親切が嬉しい。さっきまで低空飛行だった気分が一気に高まった。良いことがあった! と思える事が1日に1回あればそれで十分なのだ。ガイドブックによれば、この町は中世12世紀半ばから巡礼に対するホスピタリティで有名で、テンプル騎士団の拠点にもなった。心なしか、炭酸水を買ったカフェの親父さんも愛想がよい。


カリオン・デ・ロス・コンデスに到着。14時半。思っていたよりも少し早く着いた。どうやらちょっとした観光地らしく、目抜通りはホテル、ホステル、バー、レストランなどがぎっしりと軒を連ねている。「部屋あります」という看板に英語やフランス語は当然として、日本語のメッセージまであって驚いた。このカミーノ巡礼で日本語が書かれた看板は初めて見た。思わず写真を撮っていると、宿の主人が出てきて「スタンプどう?」と声を掛けてきた。自分が宿泊する宿じゃないので1度は断ったけど、「さあさあ、きれいなスタンプだから」と押してくるので貰うことにした。巡礼手帳を出すとスタンプではなくてシールを貼ってくれた。これも斬新だ。シールに今日の日付を書き込む。グラシアス!


僕の宿はその並び、3軒くらい先にあったのだが、めちゃくちゃ近代的なシティホテルで、機械でセルフチェックインしてルームキーのカードを受け取るタイプだった。しかもテラスにプールがある(水着を持ってくるべきだった。トランクスでも構わない気もするけど、スペイン人のご家族が水遊びをしているのでちょっと憚られる)! なんか今日のゴールの町に着いてからは驚きが多い。それにしても、この宿はそもそも無人だからスタンプがもらえない。さっきの宿の主人にシールをもらっておいて良かった! 何が幸いするのか分からない。


まだまだスペイン時間の夕飯までは時間があるから、今日はちょいと町を散策してみる。近くのロマネスク様式の博物館ではちょうど「サンティアゴ展」を開催していた。これをのぞいてみる。一般は3ユーロだけど、巡礼者は1ユーロ。入り口で巡礼手帳を見せるのだ。中は狭く、10分もあればすべての展示をざっと観られてしまうけれど、ここは時間つぶしの意味があるのだから、あえてひとつひとつをじっくりと見る。キリストやマリア、サンティアゴを描いた古い油絵や彫刻が時代順でもなくテーマ別でもなく並んでいる。説明書きを読むのは面倒なのでそこはスキップしながら、いつの作品なのかだけチェックする。15世紀から18世紀の作品が多い。僕がキリスト教徒でないからか、あまりこの手の宗教作品には感銘を受けない。でもひとつだけ、展示の中で最も古い、13世紀の彫刻作品の前では足が止まった。険しい山の崖のような形に彫った木を茶色く着色してある。「処女と子供」というタイトルを見ないと何が象られているのか分からないけれど、これだけ他とは違った迫力を示していた。うん、良い物を見た。たまには観光も悪くない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る