8月11日 アタプエルタ〜ブエルゴス 快晴

今日の行程は短いのでのんびりと7時起床に起床。でも昨夜は外と階下がうるさかったのでなかなか寝付けずまだ眠い。でも考えてみれば7時過ぎにレストランやバーが開く「スペイン時間」では12時くらいまで賑やかなのも当然なのだ。僕の就寝時刻こそが規格外なのであって彼らに非があるわけではない。


昨日とは違いこの時間なら外もすでに明るくなっている。気温は24度。朝からすっかりと快晴というのは久しぶりな気がする。朝日に照らされた小麦畑は本当に美しい。これが日中、1番陽が高い時だと見え方が違うから不思議だ。


砂利道を登っていくと瓦礫や石の山に突き刺さる大きな十字架がある。巡礼は誰もが自分の故郷から小石を持ってきてこの山に加えるという十字架の話を読んだことがあるけれど、これのことか? あいにく東京から石は持ってきてないので、その辺に落ちている小石をひとつ拾って山に加えておいた。よく見ると縦棒と横棒が交わる部分にスニーカーの片足がつるさげられている。地上10メートル以上あると思うけど、誰がどうやって吊るしたのだろう?


ここが峠で道は再び下り坂になる。道が二手に分かれていて、どちらもいずれひとつに合流するとガイドブックにはある。目の前のスペイン人らしき熱々のカップルはさして気にする風でもなく直進している。僕は小さな村を経由するという左手の道を選んだ。一方が直進で一方が90度曲がれなら、まあ多くの人は直進を選ぶのかも。そんな風に思いながらしばらく歩いたら、前方に4人くらいの巡礼が間隔を開けて歩いているのを見た。さっきの僕の考えは完全に誤りだったようだ。


小さな村を通り過ぎる時におじさんがブエン・カミーノと声を掛けてくれた。村の入り口にある教会らしき石造の建物は半分朽ちかけている。人口はどれくらいだろう? たぶん30人いるかどうか? 巡礼なんていう事をしていると、まるで陸の孤島のような小さな村や集落を見ると、彼らは世界から隔絶されて慎ましく生きているのだ、などと感傷的に想像してしまう。でもよくよく考えてみれば、ここからブルゴス(カスティーリャ・イ・レオン州で3番目に大きな町)までは20キロ、車で20分の距離なのだから陸の孤島でもなんでもない。歩いているとどうしても距離感覚がずれてくる。四国遍路の時も愛媛の小さな町で買い物とか生活はどうしているんですかと尋ねた際、いや、松山まで車で40分だから便利だよと言われたのを思い出した。


隣の村も小さいが、ここには比較的新しい巡礼宿(アルベルゲ)もある。250メートル手前、廃車になったバスに宿の宣伝がカラフルにペイントされている。そこに「250メートル」と書かれていたので、そんな正確な距離が分かるというわけ。そろそろ小腹も空いたので、宿の食堂で朝食をとることにする。中に入ると開口一番、食堂のおばちゃんに「アニョハセヨー」と言われる。これは僕が韓国人に見えたからというわけではなさそうで、しばらくして食堂に入ってきた中国人にも同じようにあいさつしていた。アジア系を見たらひとまず「アニョハセヨ」と言ってみるらしい。


「韓国人の巡礼は多いの?」そう聞くと「多いわ。でも中国人の方がもっと多いかしら」だったら「你好」の方がウケがよいと思うのだが。ちなみに「日本人は少ないわね」とのこと。日本語で「ケ・タル?」ってなんて言うのと聞かれたので「元気?」だと教えてあげた。ぜひ次に来たアジア系の巡礼に使ってみてほしい。


舗装された巡礼道が増えてきた。この先はまもなくブルゴスだ。若い2人組の男性巡礼に声を掛けられた。「どこから来たの?」「日本から。そっちは?」「ドイツ」なんとなく並んで喋りながら歩く。ルシアルとマクシムは学校(と彼らは言っていた)を出たばかりというから、たぶん19かハタチ。ルシアルは巡礼後、2週間したら軍務に就くそうだ。そういえばこの2人、十字架までの坂道の途中でテントを張っていたのを味かけた気がする。かなり気合の入った巡礼だ。カミーノ巡礼の動機を訊ねると「ハイキングが好きなんだ」とこちらの方はかなりカジュアル。ドイツ南部のホームタウンからは夜行列車でサン・ジャンまで来た。今日が10日目というから、偶然にも僕とほとんど同じペースだ。


「ナントカというアメリカの西部劇の映画が撮影されたのが実はブルゴスなんだ。知ってた?」そのナントカいう古い映画を僕は知らなかった。「ブルゴスの風景がアメリカ西部と似ているからロケ地に選ばれたらしいよ」

そう言われてみれば、真っ直ぐに伸びる道路沿いに大型の、けれども背は高くない店舗の建物がボン、ボンと間隔を開けて並ぶ光景は行ったことはないけれどテキサスがどこかに似ているように思える。真横にある横長のベージュの建物は窓が赤く縁取られ、屋根には大きく「CLUB」の文字。目の前に見える四角張った古めかしホテルの名前が「ラスベガス」。めちゃくちゃアメリカ西部っぽい! そう言って3人で大笑いした。


もっともこの通りだけがアメリカ西部で、中心部はスペインだった。目玉は荘厳なゴシック建築のサンタマリア大聖堂。ルシアルが「ここは絶対に中を見るべき」というので中に入ると、ミサの最中だった。神父が聖書の一節を引きながら神の教えを説いている。40人くらいの人が立ったまま話に耳を傾け、時々聖書の言葉を唱和する。そしてハレルヤ、聖歌が短く流れる。僕には新鮮で、ひとりだったらしばらくここに留まったかもしれない。


サンタマリア大聖堂を中心とするエリアは観光客で溢れていたが、あくまでこの街はスペイン人の観光地だ。実際、カフェやバーの軒先の立て看板に見えるメニューには英語表記はない。だから営業時間もスペイン時間にしたがう。マクシムが下調べしておいたアイスクリーム屋で駄弁っていたら、14時には店仕舞いとかで追い出されてしまった。それでも大聖堂に入り、街中をぶらつき、チョコミントのアイスなんか食べて、なんか普通の観光客という感じ。こういうのもなかなか良い。


巡礼路沿いにある僕のホテルで2人とは別れた。彼らはさらに1時間半ほど歩いた先の公営巡礼宿(アルベルゲ・ムニンシパル)に泊まる予定らしい。そこは金額が設定されておらず、各人が相応の金額を寄付する。彼らと比べて僕はずいぶんと巡礼にカネをかけている。この先、少しはまた公営巡礼宿を利用してみようかなという気になった。それにしても、彼らとは歩くペースが似ているから、明日以降もきっと顔を合わせるだろう。



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