8月3日 フント〜イジャラッツ 霧雨のち晴れ
昨夜は9時くらいに寝落ちしてしまい、その後は3回ほど目を覚ましながらも朝6時半までよく寝た。やはり1人部屋が快適だ。
朝食後に昨日お願いしておいたハムとチーズのサンドイッチを受け取り出発。ピレネー越えだ。
今朝は山全体に霧がかかっていて視界が悪い。昨日はまったく目にしなかった他の巡礼が前後に歩いているが、50メートル先の姿がもう霞んでしまう。しかし、他にも歩いている巡礼がいるのは心強い。何より道に迷う可能性が格段に下がる。昨日の道間違いが尾を引いていて、自分が正しい道を歩いているのかどうか、少し神経質なほど気になる。
視界が悪い中、3時間ほど登坂したところに「フードトラック」を発見。昨日の説明だと悪天候の時は出店しないそうだが、このくらいの霧はよくある天気なのかもしれない。それにしても、サン・ジャンから歩き始めればちょうどお昼時にここに辿り着く。出店場所もよく考えられているわけだ。巡礼道といっても普通の県道なので、車は普通に通ることができる。不思議なのは対向車とばかり出会い、フランスからスペインの方へ向かう車に追い抜かれることがほとんどない。
依然として視界不良の世界を歩き続ける。標高が上がると羊が牛が放牧されているようで、首に括り付けられたジングルがカランコロンと音を立てる。姿が見えないのに周囲からジングルが聞こえてくるのはちょっと神秘的だ。
柵に囲まれた十字架を目印に、県道を外れてようやく自然路に入る。岩にペンキで描かれた黄色い矢印が方向を教えてくれる。その横を1人の巡礼が歩き進むのが絵になる……はずなのだが、いかんせん霧に霞んでよく見えない。残念だなあと思いながら、宿で用意してもらったサンドイッチをかじりながらひと休憩。でも、すぐに考え直した。この霧の中、アスファルトの舗装路を外れた巡礼道で迷ったら大変だ。のんびりランチタイムを楽しんでいる場合じゃない。彼らの姿を見失わないようにしなくては。
歩き始めて4時間。とうとうスペインとフランスの国境に到着した! またスペインにたどり着いたんだ! 近くにいたスペイン人の2人組にそう言うと声を立てて笑っていた。
しかし、実際に周りの風景も変わった。切り開かれた草地が消えて周囲は森になっている。少し前から羊たちのジングルが聞こえなくなったと思ったのだが、牧草地がないのだからそれも当然だったわけだ。時々視界が開けた場所になる。晴れていたらさぞかし眺望も素晴らしいはずなのだが、とにかく霧で何ひとつ見えないのが残念。
ようやく霧が晴れ始め、空に青色が見え始めてきたのは山の頂上だ。でも、とにかく強い風がビュービュー吹いていて寒い。気温は18度。ここからはロンジェスバジェスまで下り坂だ。ただし急坂が続くので全然楽にはならない。
ロンジェスバジェスは今日のゴールとしては少し歩き足りない。ガイドブックの地図と睨めっこしながら、ここから7キロ先のエスピナルに目を付けた。
途中に通ったブエゲテは目抜通りというには細い通りの両側に朱色の屋根と白い壁の家々が並ぶ。2階の窓は揃えたように赤か緑の木戸がかかり、しかもベランダに赤い花の鉢植えが置かれている。なんてメルヘンチックな街並みなのだろう。これを見ただけで住人の人柄が分かるというものだ。
ブルゲテからは樺の木が並ぶ林道を歩く。ピンクのトゲトゲの花はアザミ。周りに見える植物は日本で見かけるものとほとんど変わらない。
5時にエスピナルに到着。ところが町にある4軒のホステルはすべて満室。焦った。昨日は簡単に宿にありつけたので甘く見ていた。この先に2キロ行った所にも巡礼宿が一軒あるが、もしこれも満室だったら、さらに12キロ先にあるスビリに望みを託すしかなくなる。
果たして宿は満室だった。入り口に掛けられた3か国語の満室の文字が恨めしい。これで、さらに11キロか……。若干の山登りもあるし、21時までにスビリにたどりつけないかもしれない。焦燥感が増した。ひとまず水道で給水する。これが命綱だ。
疲労感も強い。ここまですでに30キロ歩いているのだから当然だ。宿はあらかじめ確保しなくてはならないのだ。重要な教訓を得たが、まだ今日の行程が終わっていない。歩かなければ。
スビリの宿も全滅。そもそもアルベルゲは6時までにチェックインしなくてはならない所が多いらしく、どのみちもう9時なので無理だったのだ。
でも、本当にどうしよう。気持ちを落ち着けるためにひとまず夕飯を食べる。すでに料理は出せないが、ピザなら焼けるという。ピザ! 上等じゃないか。一緒に頼んだ生ビールが美味い。食事は満足したけれど、この後の事を考えると不安しかない。
レストランで巡礼手帳にスタンプを押してもらった際、事務所のおじさんに「部屋が取れなくて、そこの公園で寝ても問題ない?」と尋ねる。もちろん、公園で寝られるかどうかを本当に知りたかったのではなく、あわよくば宿を探してもらえるかもという下心からの質問だ。
しかし、返事はあっさりしたもので、「問題ないけれど、今夜はずっと音楽で賑やかだから遠くの方がよい」さらに「8月は1週間前までには予約しないとね」という真っ当なアドバイス。今の僕にとっては泣きっ面に蜂でしかないのだが。
いよいよ本当に公園のベンチで野宿か……。しかし、そう簡単に眠れるものではない。周りがうるさいのは確かだけれど、そもそもそれ以前の問題なのだ。当たり前だが落ち着かず、眠気など全く起こらない。
どうせ眠れないならと1時間ほど歩く。イジャラッツという町に屋根の着いたバス停を見つけた。これならひょっとすると眠れるかもしれない。45.1キロも歩いて疲れていないはずがない。なのに眠れない。寒い。なんて馬鹿げた1日になってしまったのだろう。
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