スペイン巡礼生日記

土橋俊寛

8月2日 サン・ジャン・ピエド・ポー〜フント 曇り

サン・ジャン・ピエド・ポーに到着! 遠かった……。サン・ジャンは決して日本からのアクセスの良い場所ではない。パリから電車か飛行機を乗り継がなくてはならない。現在時刻は15時半。自宅を出てから27時間以上かかってようやく巡礼のスタート地点にたどり着いたわけだ。


城壁に囲まれた町の中心地は石畳の細い路地にやはり石造りの建物がびっしりと並んでいる。ヨーロッパでよく見かける街並みだ。ここまでそれほど多くの人を見かけなかったけれど、この路地はたくさんの観光客で賑わっている。巡礼事務所はその一角にあった。


中に入るとカウンター越しに4人のスタッフが巡礼に教えを施していて、英語とスペイン語が聞こえてきた。僕も空いている椅子に座り説明をお願いする。説明してくれたのは70代くらいの元気なおばあさん。


まずは巡礼手帳をもらい最初のマスにスタンプをもらった。お値段は2ユーロ。実は巡礼手帳をすでに持っているのだが、記念の意味も込めてサンジャンでも新しい手帳が欲しかった。住所氏名だけでなく、身分証番号(パスポート番号)、巡礼手段(徒歩)までこの場で記入する。


今日から歩き始めると僕が言うと、「今日はもう遅いから明日からにしなさいね」とやんわりとたしなめられた。スタンプの下に書き入れた日付も明日の日付。でも、まだ午後4時だし、歩き始められないほど遅い時間とも思えない。僕は南ヨーロッパの夏は遅くまで陽が沈まないことを知っているのでなおさらだ(だいたい9時くらいまでは空が明るい)。


巡礼事務所で帆立貝を手に入れバックパックにくくりつけると、いよいよ巡礼が始まるのだと気分が高揚してきた。


四国辺路と同じようにサンティアゴ巡礼にも「巡礼ルック」がある。帆立貝、杖、瓢箪の3点セットがそれだ。帆立貝は巡礼のシンボルで、巡礼はほとんど全員、バックパックにぶら下げている。漫画やゲームに出てくる魔法使いが持っているような杖は「道具屋」で手に入るが、たいていの人は杖の代わりにウォーキング用か登山用のスティックを持っている。水筒代わりの瓢箪を持っている人は皆無だ。ペットボトルが現代の瓢箪である。僕も杖と瓢箪は遠慮させてもらう。


それにしても、出鼻を挫かれるとはこの事で、いきなり道を間違えて10kmも余分に歩かされた。巡礼事務所の女性が「アップ、アップ、アップ」と言っていたのが正しかった。僕が歩いていた道はアップ、ダウン、アップ、ダウンだったのだから。そろそろ何かしら宿が見えて欲しいと思ったのになんの気配もなし。道沿いの農家と思しき家で道を尋ねてみてようやく間違いに気がついた。


やっぱり違っていたのか。今来た道をとぼとぼと引き返しながら段々と怒りが込み上げてきた。大声で、なんでなんだ、と叫ぶ。もちろん八つ当たりだ。だって歩いている途中でD-301という道路番号を目にしていたのだから。正しい巡礼道はD-428. すでにこの時点で40分くらい歩いていたので、自分が歩いている道が正しい巡礼道であって欲しいという思いが強く、自分で自分を誤魔化しというわけだ。僕が好きな小説のひとつ、『銀河ヒッチハイクガイド』シリーズの一節を思い出すーーガイドブックの記述が現実と違っていても慌てる必要はない。その場合、間違っているのはいつでも現実の方なのだ。


余分な10キロがなければもう少し先まで進めただろうけど、今日はもうこれで十分。フントという地区にある民営巡礼宿(アルベルゲ)に飛び込みにもかかわらず部屋を確保できた。しかもドミトリー(大部屋)のベッドをお願いしたにもかかわらず1人部屋がもらえた。ラッキー! 禍福は糾える縄の如し。


荷物を部屋に置き食堂へ。とにかく腹が減っている。なにしろ今日は早朝5時に機内食を食べてから何も食べていない。塩気の効いた野菜スープが美味しい。


この道の何処へ向かう帆立貝

姿を見せてほっと安堵す

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