第三章 5


ヤス目線。


濡れて帰るよりは良かったとは言え、まさかこうなるとは。


小池から受け取った傘を持ってそのまま並んで帰る。


小池が持つにしては、詰めれば二人は入れる

大きな傘のおかげで充分に雨を防げている。


まぁ実際助かったしキレられそうだから口には出さないが……。


それにしても。


前に看病してもらった事もあって、小池の姿を見るとたまに母さんと重なる事がある。


なんでコイツは……こう、狙った様にいつも母さんの面影を感じさせるみたいなタイミングで現れるのか。


俺が小学校低学年くらいの時だったか。


今みたいに夕方から急に雨が降り出して、途方に暮れていたら、母さんが傘を持って迎えに来てくれたんだ。


身体が弱い癖に無理すんなと口では言いつつ、内心で嬉しかったのを思い出す。


同じ様に迎えに来てもらってるクラスメイトを見て羨ましかった。


でも母さんに無理なんかさせたくなかったし、期待なんてしてなかったのに。


そう思うと素直にありがとうと言えなかった。


そんな事を考えていると、小池がいきなり自分の話をしてきた。


そうして言ったのは自分と似てるから、と。


似ている、か。


正直そんな事全く考えた事がなかった。


でも分かりやすくしょげた顔をした小池を見て、無碍に扱えない気がして、咄嗟にフォローする。


フォローになってるかどうかは知らん。


その後、小池の親父と出くわした。


こんな雨の中だってのに待ち伏せしていたのだろう。


最初に話を聞いていたから、どんな人間かは分かっていた。


知らない仲でもないし、もし向こうが何かするつもりならこちらも割って入らない訳にはいかないなとは思っていた。


でも実際小池は自分の意思と言葉で親父を退けた。


そして精一杯涙を流した。


以前コイツは俺に尊敬したと言っていたが、コイツもコイツで自分の過去に全力でぶつかって今最初の一歩を踏み出した。


そんな姿を見て逆に俺の方も小池を凄いやつだと思えた。


まぁ口には出さないが。


しばらくまた無言が続く。


今度はお前が話題を出せとでも言わんばかりに、まだ泣いた後で赤くなった目をチラチラと向けてくる小池。


仕方ない……か。


そう思い、俺は最近感じるようになった事を素直に話してみる事にした。


「あのさ、お前を見てると、たまに母さんと重なるんだ。」


「え?」


「その、なんつーか。


母さんも小さかったし。」


「ムカッ!


は!?なにそれ!!」


ムカって実際に口に出すやつはコイツくらいだよな……。


「前にお前が見舞いで作ってくれたうどんを食べながら母さんを思い出した。」


「!」


「昔、母さんにも作ってもらった時があってな。」


「知ってる。


シンプルなうどんだよね。」


「…なんでそれを?


ま、アイツか。」


うん、殴ろうアイツ。


最初はアイツの財布事情かと思ったがそうじゃないらしい。


「本当はもっと豪華にするつもりだったのよ。


どうせアイツ持ちだし。」


「ふーん。」


同情はしてやらん。


「アイツがシンプルな方が良いって言うから財布が寂しいのかと思ったけど、そう言う事ならって思ったの。」


「そうか。」


全くアイツは…。


気が利くんだかそれが空回りしてるのか分からねぇ奴だ。


「ねぇ、お母さん、どんな人だったの?」


「だから、俺は自分の話を…」


「良いから教えてよ。


私も話したんだからあんたも話しなさいよ!」


断ろうとすると、言い終える前に切り捨てられた。


お前が勝手に言っただけだろ、とか言っても聞かないだろう。


ため息を一つ、俺は考える。


「どんな人…ね。


病気がちで体が弱い癖に人の心配ばっかりする。


小さくて危なっかしいけどあったかい。


そんな人だな。」


「ふーん。


じゃあその…亡くなったのも?」


「…あぁ、病気。


自分がしんどい癖に最後まで人の心配ばっかしてんだ。


そんな事されたら泣くに泣けねぇだろ。」


「泣かなかったの?」


「泣かなかったよ。


死んだ時も、葬式の時も。


最後に泣き顔なんか見せたら、母さんが浮かばれないだろ。」


「うん。」


確かに泣きたくなった。


それは母親を失う寂しさと、そして守れなかった悔しさで。


でもやめた。


弱さを見せればあの優しい母親は心配して死ぬに死ねない。


せめて安心させたかったんだ。


居なくても俺は大丈夫だって安心して天国に旅立ってほしい。


そしてたまにそこから見守っていてくれればそれでいい。


そう思って今日まで生きてきた。


「あんたは我慢してる。」


黙って話を聞いていた小池が不意に呟く。


「は?」


「かっこつけんな!」


そう言う口調は真剣で、怒っているように間も見えた。


「別に……そう言うのじゃ……」


「私さ、いじめで一人で抱え込んでた時にお母さんにこう言われたの。


私はね、摩耶が幸せなら嬉しい。


泣き顔を見るのは辛いけど、でも悲しいのに摩耶が一人で泣いてる方がよっぽど悲しいんだよって。」


「…。」


「さっきも言ったけど……だから、中学も頑張れたし高校からはもっと頑張ろうって思えたんだ。」


ストンと、小池の母親の言葉が胸に落ちる気がした。


「別に、泣いても良いんだよ。


あんたのお母さんだってさ多分ずっと笑ってて欲しかった訳じゃないんじゃないの?」


「っ……!?」


「悲しい時にはちゃんと泣いて欲しかったんだと思う。


親としてあんたが立派になるのは嬉しいと思う。


でもさ、自分の為に無理して大人になってるって分かったら……そりゃ心配にもなるよ。


あんたの事が大好きな母親なら絶対そう。


「…そうかもな。」


「ヤスくん、大好き。」


そう言ってくれた母さんの笑顔が脳裏を過ぎる。


「そう……だよな。」


気が付くと俺は本当に久しぶりに涙を流していた。


最初から分かっていた事じゃないか。


母さんが俺をどれだけ大切に思っていてくれたか、なんて。


それが身に染みて分かる程、大切に育てられてきたんだから。


だから俺だって大切だった。


心配させたくなかった。


悲しませたくなかった。


そんな思いが逆に母さんを追い込んでただなんて考えもしなかった。


「ごめん母さん……。」


空を見上げ、そう呟く。


気が付けば雨は止んでいた。


小池もまた空を見上げ、そして呟く。


「ほら、空が笑った。」

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