第三章 4


ドキドキを誤魔化すように、私は口を開く。


「その、前に夏祭りの話したでしょ?」


「あぁ……あの迷子になったやつか!」


「勝手に私が言ったみたいに言うな!!


あんたが言ったんでしょうが! !」


そりゃ……ちょっとはぐれはしたけど……。」


「やっぱ迷子になってんじゃねぇか。」


「うっ……うっさい!


夏祭りはその……クソ親父の事思い出すから嫌なのよ……。」


「ふーん……。」


いかにも興味無さそうな返事。


「それで?」


でも一応は聞いてくれるらしい。


「私が小さい頃にさ……。」


「いや……今も小さいだろ……。」


「うっさいうっさい!


真面目な話してるんだから真面目に聞け!」


「へいへい……。」


「綿菓子もかき氷もりんご飴もチョコバナナもベビーカステラもなんでも買ってくれた。」


「なんでそんな狙ったように甘いものばっかりなんだよ……?」


「そ、それは良いでしょ……好きなんだから……。


はぐれた時だって必死に探してくれた。


大好きだったのに。 」


「そうか……。」


「でもあいつは不倫して私達を見捨てた。


大好き人に裏切られる事がこんなにも辛いなんて、大好きな人が捨てられて悲しんでる姿を見るのがこんなにも辛いなんて。


結局私、それが原因でずっと卑屈になってたんだ。


そのせいで友達出来なかったし、いじめとかもあったりで中学とか全然楽しくなかった。


だから……高校からは……って思ってたんだけど……。」


「ま、今までちゃんと人付き合いをやってこなかったやつが学校が変わったくらいで変われる訳ないわな。」


「うっ……まぁ……その通りなんだけどさ……。


何もそんなハッキリ言わなくても良いじゃない。


それに今は静が居るし!」


「それはまぁ……良かったんじゃねぇの……?」


「うん……。」


「でもなんでそんな話を俺に?」


「それはその……似てるなって思ったから。」


「いや……別に似てないだろ。


俺は裏切られた訳でもいじめられてた訳でもないからな。」


「っ……そ、そうね。」


やっぱり私だけが勝手にそう思っただけなのだろうか。


「……まぁ片親ってのと友達が少ないってのなら似てるか。」


私が落ち込んだと思ったのか、そう言ってフォローしてくれる。


「う、うん。」


そこからお互い沈黙。


やっぱりいきなり昔の重たい話なんかしたのがダメだったのか。


私がこうして考えている間にも、隣の中川は涼しい顔で何も気にもしないように歩く。


何よ、私ばっかりドキドキして馬鹿みたいじゃない。


そのまましばらくお互い無言で歩いていると、目の前に人影が現れる。


「おっ、今日は彼氏と一緒なのか?」


その言葉に、私は無言で顔を顰める。


「そんな顔するなよ。


そろそろ考えてくれても良いだろ?」


「この人が、か?」


流石に態度が露骨過ぎたようで、中川にはすぐバレてしまったようだ。


思わずため息が出る。


「……そっ、一応、一応!私の父親。」


「おいおい、随分な言い草じゃないか。


ついこないだまではあんなに懐いてたじゃないか。」


「……そうね。


まんまと騙されてただけだったけど。」


「騙してなんかないだろう?


俺は最初から変わってないし、お前の事だってずっと大事だと思ってる。


だからこうして迎えに来たんじゃないか。」


「だから大迷惑だって言ってんのよ。


あんたがお母さんを必要無くて捨てたように私だってもうあんたなんか必要ないし捨ててやるわ。」


「どうしてそこまであの女に肩入れするんだ。


考えてみろ、俺の元に来ればずっと欲しがってた妹も出来る。


今よりもっと安定した暮らしだって出来る。


あの女とみすぼらしい生活を続けるよりずっとマシだろう。」


「っ……!」


「おい、あんたそれは……。」


怒りで一瞬言葉を失った私を見てられなくなったのか、中川が話に割り込んでくる。


「部外者は口を挟まないでもらえるかい?


これは俺達の、家族の問題なんだ。」


「どこがだよ……?


さっきから聞いてりゃあんたが無理やり自分の理想論を押し付けてるだけだろうが。」


「あぁ理想論だとも、ただしこの話は摩耶にとっても悪い話じゃないはずだ。


だからそんなに意地にならなくてもいいだろう?


何が大事か、もう一度考えて……」


「私の……私にとっての大事を……!お前が勝手に決めるな!!」


気付けば私は叫んでいた。


「お母さんはいつだって、今だって私を大事にしてくれた!


一緒に泣いてくれた!


寄り添ってくれた!!


いつだって傍に居て支えてくれた!


だから私は!これからもずっとお母さんと寄り添っていたい!


今度は私が傍で支えたい!


お母さんが居るならお前なんかもういらない!


妹だって居なくて良い。


みすぼらしい?


上等よ!


私は私の大事な人と生きてやるんだから!


お前なんか勝手にどこかで幸せになりやがれ!」


「摩耶……。」


「認めないけど一応血が繋がってるから言っとく。


妹まで傷付けたら私はあんたを一生恨むから。」


言い捨てると、突然クソ親父は笑いだす。


「まさか摩耶がこんな風に自分の思いをぶつけられるようになっていたなんてな。」


「親のあんたが見てなくてもよ、その間だって時間は過ぎてるしコイツだって勝手に生きてんだ。


もうあんたが居なくてもコイツは生きていけるんだよ。」


一口に言いたい事を言い切って息切れしている私の代わりに、中川が前に出て口を挟む。


「意思は固いんだな。」


「同じ事……何度も言わせんな。」


「本当に良いんだな?


真理とも二度と会えないかもしれないんだぞ?」


「それもさっき言ったでしょ。


私は妹だって認めてないんだから別に良い。


でも傷付けたら許さない。」


「そうか。


摩耶の事は任せたよ。」


クソ親父は背を向け、去り際に中川にそう声をかける。


「ちょ、何勝手に……!」


「あんたに任されるまでもねぇよ。


コイツはコイツでそれなりに幸せにやってる。」


「そう言う意味で言ったんじゃないんだが……まぁ良いさ。 」


そう呟くと、クソ親父は去っていった。


それを私は何も言わずじっと見つめる。


これで晴れて本当の意味で父親と言う存在と決別が出来た。


それが嬉しくもあり、でも同時に本当にこんな結末しか無かったのだろうかと今更ながらに寂しくも感じる。


でも、これで良かった。


後悔なんてしてやらない。


絶対に幸せになってやる。


零れ落ちる涙を飲み込み、私はそう誓った。


「ん。」


しばらくそのまま歩いていると、中川がハンカチを差し出してくる。


私はそれを受け取ると思いっ切り鼻をかむ。


「あっ、おい……。」


「洗って返す……。」


「いや……良いわ。


どうせ高いもんでもねぇし。」


「あっそ、ありがと。」


そのまままた無言で歩き始める。


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