第二章 4


春樹目線


その日の放課後。


「何でワシまで……。 」


そうボヤくのは水木だ。


「まぁまぁそう言うなって、ささっ!グイっと!」


言いながら水木にグラス差し出す。


「私には無いわけ……?」


そう俺を睨み付けるのは藤枝さんだ。


「は、はひ!!すぐお持ちします!」


「あ、理沙ちゃん。


久しぶりだね。」


「あ、あぁ静。 」


「え、知り合いなんじゃ?」


美波が意外そうにする。


「ま、まぁちょっとね……。」


流石にあの事は美波に言えてないのかも……。


集まろうと話したあの後。


「え!稔も誘う!?」


俺の提案に美波は大袈裟なまでに驚く。


「あぁ、あと藤枝さんもな。」


「え!理沙も!?」


「あとは……そうだな。


小城とか。」


「ちょ、ちょっと待ってよ!急にどしたん?」


美波が動揺して俺の思考を遮る。


「良い機会じゃん?


あれからあの二人とはまだちゃんと話せてないし。」


「そ、そうじゃけど……。」


「ちゃんとあの二人とも向き合うからさ、すぐには難しいかもだけど。」


俺は一度美波を傷付けた。


そしてそれは同時に、美波に関わっていた人達をも巻き込んだと言う事になる。


美波の幼馴染だった水木の事も、美波の親友の藤枝さんの事も、そして最後だと分かって尚優しく接してくれた美波の母さんも。


これは、今こうして美波とまた付き合い始めた俺自身が時間をかけてでもやらなくちゃいけない事なんだ。


「春樹……うん!」


嬉しそうに頷く彼女の笑顔を見て、今度こそその笑顔を守りたいと思った。


そんなこんなで今この時間を迎えた訳だが……。


「春樹、それお酒じゃなくてただのメロンソーダ……。」


すっかり接待モードである。


「まぁまぁ、せっかくこうして集まれたんだし、もっと楽しもうぜ?」


小城は気さくにそう言うが、苦笑いなのを見るに、そんな空気でもないと言うのは察しているらしい。


「別にワシはコイツと楽しみたいとか思わんしな。」


水木は相変わずそんな皮肉を言いながらそっぽを向く。


「そう言うなって!ライバルは助け合うもんだろ?」


「お前とライバルになった覚えなんてない。」


「即答かよ……。


まぁ良いけど。」


「で、なんの目的があって私達を呼んだ訳?あ、次美波傷つけたら殺す。」


「いや怖いって!


そのさ、まず一つに二人と向き合いたいって思ったんだ。」


「向き合う、ね。


あ、次美波を傷つけたら殺す。」


「語尾みたいに猟奇的な発言するのやめて!?」


「で、もう一つはなんじゃ。」


相変わらず態度が悪いが一応聞いてはくれるらしい。


「実はヤスと小池さんの事なんだけどさ。」


「え、あの二人って付き合ってたとか?」


小城が意外そうに聞いてくる。


「いや、それはない。」


即答。


とりあえず簡単にだが、二人の事を相談するに至った経緯を簡単に説明する。


「なるほど。


佐藤は中川が一人になるのを心配してる。


で、高橋さんは小池さんの恋を応援したいけど、本人は恋愛なんてしたくないと言ってると。」


「まぁそんな感じだな。」


「ふーん摩耶ってそんな感じなんだ。」


それを聞いて一番に反応したのは藤枝さんだ。


「あ、うん。


私の恋愛は応援してくれたのに。」


「あんさ、そんなんソイツらの自由じゃろうが。


頼まれた訳でもないんじゃろ。


余計なお世話や。」


「そ、そうなのかな……。」


それを聞いて落ち込む高橋さん。


「ちょっと、稔。


そんな言い方せんでもえぇじゃん。」


「へいへい……。 」


「まぁでもそうかもな……。


実際訳ありっぽいし、言いたくない理由とかもあるだろうからすぐにどうとかって話でもなさそうだよね。」


そう小城がとりなす。


「ま、まぁ静。


あんたが摩耶を心配してるその気持ちは伝わってるって。」


慌てて藤枝さんが高橋さんをフォローするも、なんとも言えない気まずい空気が流れる。


そんな感じで、何も答えを出せないままこの日はお開きとなった。


「うーんまだ駄目だったか……。」


「まぁまぁ、水木や藤枝だって半端な気持ちでお前を恨んでる訳でもないんだろうし仕方ないだろ。」


「そ、そうだよな。」


小城から言われた恨んでると言う言葉に少しばかり胸が痛む。


「お前を恨む気持ちはさ、そのまま沢辺を大事に思ってる気持ちでもある。


ゆっくりやってくしかないんじゃないか?」


「そうだな……。」


かたや中学の頃からの親友、かたや幼馴染。関わって来た期間も大事に思って来た時間だって俺なんかじゃ適わないし、それはこれから先だってそうだろう。


二人には二人にしかない美波との思い出があり、絆がある。


「俺も頑張らないとな。」


「まぁ気長に頑張れよ。


あの二人もさ、なんだかんだ今日お前が居る事を知った上で参加したんだろうし。」


「そう、だよな。」


きっと勝ち負けで言うのなら、期間も積み重ねてきた物だって俺じゃまだ適わない。


でもこれはきっと勝ち負けなんかじゃないって俺は知った。


二人には二人の関わり方があるように、俺には俺なりの美波との関わり方がある。


そしてそれを一度は見失ってしまった俺を、また選んでくれた美波には、本当に感謝してもしきれない。


「向き合うって決めたから。


今度こそ、精一杯。」


「そっか。」


そう返し、小城が優しく微笑む。


「その気持ち、忘れんなよ?」


「勿論。」


静目線。


「その、ごめんね?」


帰り道。


私は佐藤君の彼女さんに急に謝られた。


「え?何がですか?」


突然の謝罪に、私は戸惑う。


「あなたよね、理沙が言うとったのって。


だからごめん、ウチのせいで理沙があなたに迷惑かけたみたいで……。


ずっと謝りたかったんよ。」


「いや……それはもう終わった事だから……。


それなら私もありがとう。


打ち上げの時、佐藤君の参加を許してくれて。」


「え?あ、あぁ……うん。


あれは……まぁ。」


なんだか微妙な表情をする彼女さん。


「その……同じ人を好きになったライバルみたいなもんじゃし……。


なんて言うかこう聞くと偽善みたいに聞こえるかもじゃけど……。


好きな人と話せなくなる事がどれだけ辛くて寂しい事なんか今回の事でよう分かったけぇ……。」


「そっか……。」


言われて考える。


実際私は佐藤君にフラれた。


最初、私の中での彼は確かに[本当に大事な友達]だった。


彼の事を特別に思う事も、他の人と仲良くしているのを見て少しモヤモヤするのだって、そう自分で自分に説明出来ていた。


でもいつからか私は、自分でも気付かない内に彼の事を友達ではなく大好きな異性として見てしまっていた。


いや、本当は答えなんてずっと前から分かっていたのかもしれない。


なのに私は、それを恋だと決定する勇気も受け入れる覚悟だって無かった。


そんな私がそんな気持ちを改めて認識し、告白まで出来たのは一重に気持ちに気付かせ、背中を押してくれた、そして気付いた時も、フラれた時だって一緒に泣いてくれた摩耶ちゃんが居たからだ。


今だってフラれはしたけど告白した事に後悔なんてしていない。


怖くなかった訳じゃない。


実際フラれたあの後から今まで佐藤君と全く話せなくなって、そのまま疎遠になっていたなら……。


私は多分この失恋をずっと引きずっただろう。


告白した事だって後悔したかもしれない。


でもそうはならなかった。


だから今もこうして続いている。


まだ少し辛いけど、ほんのちょっとずつでも受け入れられていける気がする。


そんな勇気と覚悟をくれた人が居るから。


「ありがとう。


その……」


「美波でえぇよ。」


「あ、えっと美波……ちゃん。」


「美波でえぇって言うとるのに……。」


「まぁまぁ、静は私の事もちゃん付けだしあのちっこいのも幼馴染もだから。」


「わ、理沙。


聞いとったん?」


「ま、まぁ……少しだけ……?


私の話も出てたみたいだし……。」


「ちゃんと謝ったん……?」


「あ……えっと……そのえっと……。」


美波ちゃんに睨まれ、理沙ちゃんは怯みながら言い淀む。


「もう気にしてないし、理沙ちゃんはちゃんと謝ってくれたよ。」


「そ、ならえぇけど。」


「ご、ごめんって美波……。」


「ウチに謝ってどうするん……?」


「は、はい!ご、ごめんなさい!」


普段ちょっと怖い感じの理沙ちゃんがあんなにタジタジなんて……。


「まぁでも一応ウチの為みたいだし静が良いならウチも許す。」


「あ、ありがとう!」


そう言ってパーッと明るい表情になる様は、まるでおやつをもらって嬉しそうにする小さな子供の様である。


「あ、でもいくら美波の頼みでも私はまだあいつの事すぐには信じるつもりないから。」


そんな表情を一度変えて、理沙ちゃんは真面目な表情でそう告げる。


「すぐにって事はいつかは信じるかもって事じゃろ?」


「さ、さぁね。


アイツ次第よ。」


「ならえぇよ。」


そう言って優しく微笑む美波ちゃん。


なんだかんだ親友同士なだけあって扱いに慣れてるような……。


「お、美波、高橋さんとも仲良くなったのか?」


ここで佐藤君が話に入ってくる。


理沙ちゃんは途端に佐藤君を睨み付けるも、佐藤君はそれに苦笑いを返しながら美波ちゃんに目を向ける。


「え?」


「あ……その……。」


考えてみたら名前呼びでいいって言われただけで友達になろうなんて言われてない!


や、やっぱり迷惑なのかな……。


どう答えて良いのか分からずに言い淀んでいると、不意に手を差し出される。


「ウチは友達になれたらえぇなって思うとるんじゃけど。


静はどう?」


「わ、私も!友達になりたい!」


「うん、よろしく。」


そう言って笑顔で握手を交わしてくれる彼女を見て彼が彼女を好きになった理由が、何となくだけど分かった気がした。





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